
Jura
スコットランド西岸、ジュラ島の唯一の村クレイグハウスに立つ蒸留所である。1810年、島の領主アーチボルド・キャンベルが創業した。ジュラ島は18世紀から密造が盛んで、入り組んだ海岸の洞窟に密造スチルが隠されていた。19世紀を通じて幾度も名と持ち主を変え、1901年に閉鎖された。1963年、島の人口減少に歯止めをかけようと、2人の地主ロビン・フレッチャーとトニー・ライリー=スミスが蒸留を再興。名設計者ウィリアム・デルメ=エヴァンスの助言を得て、背の高いスチルを備えて再建した。ジュラ島は幅11km・長さ48kmに、道1本、パブ1軒、蒸留所1つ、そして200人足らずの島民と約5000頭の赤鹿が暮らす。島の暮らしと結びついた造り手だ。
ジュラは、背の高いスチルから、なめらかで軽やか、ややオイリーな酒質を生む。1963年の再建時、ウィリアム・デルメ=エヴァンスの助言で導入された背高のスチルが、この特徴的な酒質の鍵だ。基本はノンピートだが、ピーテッドの原酒も造り分け、ノンピートとピートの原酒を組み合わせた表現も手がける。島のウイスキーながら、飲みやすくまろやかな個性が持ち味である。
ジュラ蒸留所は、1810年、ジュラ島の領主アーチボルド・キャンベルによって、島の主要集落クレイグハウスに創業した。ジュラ島は18世紀から密造が盛んで、入り組んだ海岸の洞窟に小さな密造スチルが隠されていた。19世紀を通じてクレイグハウス、スモール・アイルズ、ジュラなどと名と持ち主を変え、1901年、ウイスキー不況のなか閉鎖された。1963年、島の人口減少に歯止めをかけようと、地主ロビン・フレッチャーとトニー・ライリー=スミスが蒸留を再興。ウイスキー専門家ウィリアム・デルメ=エヴァンスの助言を得て再建した。現在はワイト&マッカイが所有する。
蒸留所はスコットランド西岸、ジュラ島の唯一の村クレイグハウスに立つ。ジュラ島は幅11km・長さ48kmに、道1本、パブ1軒、蒸留所1つ、そして200人足らずの島民と約5000頭の赤鹿が暮らす、静かで隔絶した島だ。この蒸留所は、島の暮らしと経済を支える存在として、島民とともに歩んできた。島の風土そのものが、酒質に映し出されている。
定番の「ジュラ10年」「12年」を核に、「セブンウッド」やピーテッドの「ジュラ ジャーニー」などを展開する。ノンピートとピートを組み合わせた奥行きのある酒質で親しまれる。道1本・パブ1軒・蒸留所1つの静かな島で、島民の暮らしとともに歩んできた、ジュラ島の造り手である。



この蒸留所が属する地域
スコットランド公式のウイスキー協会が定める5地域には含まれないが、業界で慣例的に用いられる分類で、アイラ島を除くスカイ島、オークニー諸島、マル島、ジュラ島、アラン島などの蒸留所を指す。海に囲まれた立地から塩気・潮風を感じさせる個性が共通しつつ、島ごとに異なる表情を持つ。
アイランズを深掘りする →地理ではなく味わいで繋がる、別の産地の蒸留所。