お盆に、故人が好きだったウイスキーを供える——墓石にかけないほうがいい理由と、宗派で分かれる「酒はお供えか」
故人が愛した一本を持ってお墓や仏壇へ。ただし墓石に注ぐのは石を傷めかねず、宗派によっては酒そのものがお供えに向かないとされる。供え方の実務と選ぶ一本、法事の献杯までを整理する。
お盆に実家へ帰ると、仏壇の前に父や祖父の写真がある。生前の一杯を思い出して「あの銘柄を持っていこうか」と考える人は少なくない。
ところが、その一本をどう供えるかを書いたものは、ウイスキーの記事にはほとんど見当たらない。実際には、やってしまうと石を傷めかねないやり方があり、宗派によっては勧められない供え方もある。
この記事では、(1) 墓石に酒を注ぐのが勧められない理由、(2) 「酒はお供えにふさわしくない」とする宗派があること、(3) それでも故人の一本を持っていきたいときの穏当な形、(4) 供える一本の選び方、(5) 法事の席での献杯の作法——の五つを、石材店・寺院の説明と、仏事・お墓の実務解説を参照して整理する。
墓石に注ぐのは、避けたい
墓前で栓を抜き、墓石の上から静かに注ぐ。絵にはなるが、石材店はこれを勧めない。
理由は石の性質だ。墓石に多く使われる御影石(花崗岩)にはわずかな吸水性がある。ある石材店は、墓石に酒を撒くと「中に含まれる糖分とタンパク質を吸い込み、石の表面が白く酷い汚れになります」と説明している。とくに黒御影石では、上面が真っ白に変色してしまうという。お墓の情報サイトでも、お酒やジュースなどの飲み物をかけると錆や変色の原因になる、と注意されている。
掃除の面でも都合が悪い。墓石はスポンジと雑巾で水洗いするのが結局いちばん長持ちするとされ、市販の掃除用洗剤すら避けるよう勧められている。水で洗って守るものに、自分から水以外の液体をかけるのは本末転倒だ。
ウイスキーなら平気、とは言い切れない
ここでウイスキー好きなら気づくはずだ。石材店が挙げている理由は「糖分とタンパク質」だが、ウイスキーには糖もタンパク質もほとんど含まれない。蒸留の段階で置いていかれるからだ(→糖質ゼロの理由)。日本酒やジュースを念頭に置いた説明が、そのままウイスキーに当てはまるとは限らない。
とはいえ、避けたほうがいい理由は糖分だけではない。金具の錆、こぼれた液が呼ぶカビや虫、器の跡が残す輪状のシミ——このあたりは中身が甘いかどうかとは関係がない。墓地や寺院の規則で液体を供えること自体を制限している場合もある。
そして、筆者が確認できた範囲では、ウイスキーを墓石にかけた場合だけを調べた検証は見つからなかった。もう一つ確かなのは、ウイスキーが無色透明の水ではないということだ。あの琥珀色は樽から溶け出した成分によるもので、色のつく液体は石に染みうる。糖分がないぶん白い汚れは出にくいとしても、色のついた液体を吸水性のある石に流す行為であることは変わらない。
だから筆者の意見はこうなる——分からないなら、石にはかけない。白く変色してから石材店に相談するのは、割の悪い賭けだ。もしこぼしてしまったら、その場で水をかけて流し、よく拭き取っておく。
「お酒はお供えにふさわしくない」とする宗派がある
もう一つ、先に確かめておきたいことがある。酒そのものをお供えにするかどうかで、考え方が分かれるという点だ。
仏事の実務解説では、お供え(五供のうちの「飲食」)について「慎むべきとする考え方もあるが、故人が好んでいた場合には問題ないとされることが多い」という整理をよく見る。慎むべきという側には、酒を戒める不飲酒戒の考え方がある。実際の可否は寺院や霊園によって違う、とも説明される。
一方で、浄土真宗本願寺派ははっきりしている。同派の公式サイトはお盆のお供えについて、餅・菓子・果物などをご本尊の手前に左右対にして供えるとしたうえで、酒やタバコなどは「お供えにはふさわしくありません」と書いている。盆棚や精霊棚といった、いわゆるお盆飾りも用いない。
背景にあるのは、お供えを誰に向けたものと考えるかの違いだ。同派の寺院の説明では、仏壇は仏さまの世界を模したものであり、お供えはご本尊である阿弥陀さまへ敬いの気持ちを表すことが中心だとされる。故人をもてなす膳が第一ではないので、「本人が好きだったから」という理由も、供物を決める第一の根拠には置かれない。
お盆のとらえ方も違う。同じ本願寺派の解説は、「霊が帰ってくる」という考え方は『盂蘭盆経』にも他の仏教の教えにもなく、日本の民俗信仰に由来するものだと述べ、浄土真宗では故人は期間限定ではなくいつもお浄土から還ってきてくださっていると受け取る、としている。年に一度だけ迎えてもてなすという枠組みそのものを取らないわけだ。
ただし、現場の言葉はもう少しやわらかい。同派のある寺院のQ&Aは、アルコールやたばこは供えないと述べたうえで、供えたいという気持ちを僧侶個人の見解として「それが手を合わせるご縁になるのであれば、それで良いのです」と受け止めている。同時に、いつまでも亡き人を可哀そうな存在にしておくのではなく、どこかで区切りをつけ、見守ってくれる仏さまとしてお給仕をしていきましょう、とも続けている。
なお、仏教とは別の話になるが、神道では酒は供えるものの定番だ。榊を供え、ローソクを灯したあと、神饌として酒・塩・水・米を供えると説明される。ただしこれは「供物として酒を用いる」という話で、墓石や石にかけてよいという意味ではない。液体をかけないほうがよいのは、どちらでも同じだ。
つまり、この問いにどこでも通じる正解はない。実務的な答えは一つで、自分の家の宗派と、その墓地の規則に従う。迷ったら、菩提寺か霊園の管理事務所に一言聞くのが早い。
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