なぜ戦後の日本では、酒を飲んだ人が目を失ったのか——1年で中毒2,065人・死亡1,575人という厚生省の数字
終戦直後の日本では、酒の顔をした別の液体が売られていた。軍から放出されたメチルアルコールと、厚生省統計が残した1年間の数字。なぜ「目」だったのか、そしてウイスキーはなぜ無事なのかを資料からたどる。
酒を飲んで、目が見えなくなる。いまの日本に暮らしていると、まず結びつかない二つのことだと思う。
だが、いまから80年前のこの国では、それが現実に起きていた。しかも一人や二人の話ではない。厚生省の統計によれば、1945年(昭和20年)8月から翌1946年7月までのわずか1年間で、中毒患者は2,065名、うち死亡は1,575名、失明は109名にのぼる。
原因は、酒ではなかった。酒の顔をした、別の液体だった。
軍から放出された「もう一つのアルコール」
九州大学医学部衛生学講座の井上尚英らが1993年に医学誌へまとめた総説「メチルアルコール中毒」は、この時期をこう記している。「昭和20年の8月15日以来、軍からおびただしい量のメチルアルコールが放出され、これを飲用して、史上かつてない大事故が発生した」。先の数字は、同じ論文が引く厚生省統計である。
なぜそれが飲まれたのか。片方に、市中へ流れ出た大量の工業用アルコールがあった。もう片方に、酒がなかった。
国税庁・税務大学校の租税史料はこの時期をこう説明する。「終戦直後の混乱期は、極度の物資不足による酒および原料米の不足などから、人体に有害な軍用アルコールを添加した密造酒が出回るなどし、税収の圧迫とともに深刻な社会問題となっていた」。
同じ資料は、戦前と戦後で密造の性格が変わったことも指摘している。戦前の密造は農村部で自家用に濁酒を造るものが多かったのに対し、戦後は「職を失った人々が生活の糧として大規模に都会でも行うケース」が増え、組織的になった。ラベルを偽造して有名メーカーの酒と偽って売る例も出てくる。そして「より利益を上げるためにメチルアルコールのような工業用アルコールを使用する例が頻発し、被害者も出た」。
つまり多くの場合、問題は「造り方が下手だった」ことではない。造ったものに、飲んではいけないものを足していた。
当時の闇市の酒には「カストリ」「バクダン」といった俗称が残っている。ただし、どの俗称がどういう中身を指したかは資料によって説明がまちまちで、名前から「これがメチル入りだった」と言い当てることはできない。
なぜ「目」だったのか
メタノールを飲んだ人に、その場で異変が起きるわけではない。ここが、この毒のいちばん残酷なところだと思う。
先の総説は初発症状として、眼の症状と宿酔(二日酔い)による症状が多いとしたうえで、一方では飲用するとまず酩酊状態となり、多くはそのまま眠り、翌朝覚めてもさほど苦痛はなく、頭痛やめまい、全身倦怠感、悪心などを訴える場合があると書く。深酒の翌朝と紛らわしい、ということだ。異変が現れるまでの潜伏期間は6時間から72時間と幅があり、12時間から24時間がもっとも多い。
やがて視界が白くかすむ。「雪原にいるような感じ」と表現される霧視から始まり、視力低下へ向かう。重い例では、10日から60日で視神経萎縮に移行する。
体の中で何が起きているのか。メタノールそのものが毒として効くのではない。肝臓のアルコール脱水素酵素がこれをゆっくりホルムアルデヒドに変え、次いで急速に蟻酸(ぎさん)になる。中毒症状の発現に最も大きく関わっているのはこの蟻酸だとされ、蟻酸が視神経のチトクロムC酸化酵素を阻害することも証明されている。網膜の視神経細胞や視神経、さらに大脳の被殻に障害をきたす。
量の感覚も書いておきたい。経口摂取の場合、中毒量は7〜10ml、致死量は20〜250mlとされてきた、と総説は書く。幅はあるが、下限の20mlはおちょこ一杯ほどでしかない。
拮抗するのは、エタノールだった
ここに、ウイスキーを飲む人間として書き留めておきたい一点がある。
メタノールに拮抗するのは、エタノール——まっとうな酒の中身そのものだ。
理屈はこうだ。エタノールは、メタノールと比べてアルコール脱水素酵素との親和性が20倍強い。だから両方が体内にあると、酵素はエタノールのほうを先に処理する。結果としてメタノールの代謝が遅れ、視神経を侵す蟻酸の産生が遅れ、その量も減る。「このため治療薬としてエチルアルコールの投与が重要である」と総説は書く。
いまはさらに選択性の高い解毒剤がある。メタノール中毒の第一選択はアルコール脱水素酵素を直接阻害するホメピゾールで、それがない場合にエタノールが使われる。臓器障害やアシドーシスが強ければ血液透析も併用される。
ただし、これは治療にたどり着けた場合の話である。1945年から46年にかけての1年間の数字は、中毒2,065名に対して死亡1,575名。およそ4人に3人が助かっていない。拮抗薬の理屈が分かっていることと、それが目の前の人に届くことは、まったく別のことだった。
ウイスキーにも、メタノールは入っている
では、ウイスキーは無縁なのか。無縁ではない。
厚生労働省が2019年(令和元年)に食品安全委員会へ出した諮問資料は、前提としてこう書いている。「メタノールは、食品中、特に果実や野菜中に天然に含まれる物質であり、人体内でも代謝のプロセスで生成される」。酒にも微量のメタノールは必ずある。
違うのは桁で、その差は主に原料から来る。酒に含まれるメタノールの多くは、原料に含まれるペクチンという多糖から生じる。だからペクチンの多い原料——リンゴや洋なしのような果実、あるいはテキーラの原料になるアガベ(竜舌蘭。果実ではなく、加熱する茎の部分を使う)——を用いる酒ではメタノールが問題になり、ペクチンに乏しい穀物を原料にするウイスキーでは、そもそも濃度が上がりにくい。ウイスキーとブランデーの違いは原料と製法の話として語られることが多いが、この一点でも両者は別の世界にいる。
蒸溜の工程についても触れておきたい。再留で流れ出る液体のうち、最初の「初留(ヘッド)」には沸点の低い揮発成分が寄るとされ、蒸溜所はそこを樽に入れず、真ん中の「中留」だけを取る。この切り替えをどこに置くかが酒の個性を決めるという話はで書いた。
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