本文へ移動なぜ昭和のジョニ黒は、あんなに高い「贈り物」だったのか——九千円のうち関税は三%、流通の取り分は六割という国会の記録 | Malt Note昭和の家には、飲まれないウイスキーが一本あった。
応接間のガラス棚か、押し入れの奥。化粧箱に入ったままのジョニーウォーカー黒ラベル——通称「ジョニ黒」。もらったはいいが開けるのがもったいなくて、そのまま何年も置かれている。そういう一本を覚えている人は少なくないはずだ。
いま、同じ黒ラベルの700mlは価格比較サイトで2,494円から3,025円で並んでいる(2026年8月時点)。特別な一本ではなく、ふつうにハイボールにする一本の値段だ。
では、あの時代のジョニ黒はなぜ、あれほど高い贈り物だったのか。
たいてい返ってくる答えは「税金が高かったから」である。ところが当時の国会の議事録を読むと、話はそう単純ではない。1982年3月、衆議院大蔵委員会で大蔵省の関税局長はこう答弁している——ジョニ黒の店頭価格九千円のうち、関税の占める割合は三%程度だ、と。
ジョニーウォーカー ブラックラベルJohnnie Walker Black Label
🏴 スコットランド ・ キャメロンブリッジ蒸留所ほか ・ ブレンデッド ・ 12年 ・ 40%
高かった理由の第一は、単純に数が入ってこなかったことだ。
日本洋酒輸入協会が創立50年を機にまとめた記録によれば、当時の洋酒はスコッチ、バーボン、コニャック、ジン、ラム、ワイン、リキュールと品目ごとに数量が割り当てられ、「需要に対して数量的には非常に制限されていた」。結果として輸入洋酒は「流通業界で贈答用として珍重され常に品不足の状態」にあり、いわゆる「ヤミ輸入洋酒」が業務用を中心に横行した。協会が東京国税局の「ヤミ酒取締り」ポスターに協賛したのは1960年ごろのことだという。
枠の大きさは、金額で決められていた。同じ記録の年表には、1966年12月20日の日英貿易協定で「42年度のウイスキー輸入枠385万ドルに増枠決定」とある。増やして、なお385万ドルである。1ドル360円の固定相場だから、輸入金額にして年14億円弱。それが日本じゅうのウイスキーの取り分だった。
枠は少しずつ緩む。1968年8月にジン、1969年4月にバーボン、同年10月にブランデーとリキュール、1970年2月にぶどう酒。そして最後まで残ったウイスキーが自由化されたのが、1971年1月1日だ。同じ年表はこの日を「ウイスキーの貿易自由化。全酒類の輸入自由化。」と記している。ジャパニーズウイスキーインフォメーションセンターの年表も、1971年に「ウイスキーの貿易が完全自由化」され、数量・取引金額に制限なく輸入できるようになったとする。
つまり1970年までのジョニ黒は、そもそも欲しい人全員には行き渡らない商品だった。品薄の贈答品という立ち位置は、このとき決まっている。
普通に考えれば、枠が外れれば安くなる。実際、協会の記録も「輸入洋酒類の国内販売価格は輸入自由化時に販売拡大の方向で見直しが行われた」としている。ただし、大きく下がるのは自由化の年ではなく、翌年だった。
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自由化からわずか一か月半後の1971年2月17日、参議院決算委員会で二宮文造議員がこう発言している。スコッチウイスキーは自由化して「ある程度値下がりを期待しました」。ところが輸入の窓口を一本に絞ったり、国内の販売体制を再編成したりで、「結論としてスコッチウイスキーがことしの夏ぐらいから値上がりするんじゃないか、値下がりどころか値上がりする」——。
協会自身の総括も、自由化の「初年度は国内の流通及び価格面で輸入自由化についていけず輸入数量の大きな拡大に至らなかった」と振り返る。枠を外しただけでは、流通も価格もすぐには動かなかった。
値段がはっきり動いたのは翌年である。1972年4月にウイスキーなどの関税が引き下げられ、同年11月にも酒類の関税が一律20%引き下げられた。しかもその前段で、為替がすでに動いていた。1971年12月、円は1ドル360円から308円へ——約14%の切り上げである。翌1973年2月には変動相場制へ移行し、円はさらに上がっていく。
協会の記録は、この時期の値下げを「2回にわたる洋酒類の輸入関税の引下げと変動相場制による円高効果」によってスタンダード物の酒税が下がったためだと総括している。
関税と円が下がると、酒税が落ちる。ここに、昭和の輸入ウイスキーの値段を理解する鍵がある。
からくりは、1977年8月の参議院物価等対策特別委員会に残っている。参考人として招かれた日本洋酒輸入協会の杉谷隈男理事長が、輸入酒の値段の組み立てを逐一説明したのだ。
当時、スコッチにかかる関税は1リットルあたり392円。760mlのボトル1本に換算すると298円で、1972年11月の引き下げ以来動いていない。問題はその先だ。酒税は、日本の港に着いたときの価格(CIF)に関税を加えた金額に対して課される。しかもスコッチはそのほとんどが従価税、つまり値段に比例する税の適用だった。
税率は二段階。CIFに関税を足した額が1リットルあたり770円超1,100円以下なら150%、1,100円を超えると220%。760mlに直せば586円から836円までが150%で、836円を超えると220%になる。理事長の説明はこう続く——「現在スタンダードクラスのウイスキーは一五〇%、デラックス物につきましては二二〇%の税率が適用になっております」。
ここが輸入酒の急所である。関税が下がれば課税標準そのものが下がり、円高になれば輸入コストが下がってやはり課税標準が下がる。1リットル1,100円という線を割った瞬間、税率は220%から150%へ一段落ちる。
杉谷理事長は、1972年11月に関税が20%引き下げられた際に従価税率が220%から150%へ移り、スタンダードクラスの小売希望価格が「三千九百円前後から三千三百円に値下げをされました」と説明している。税率の区分と突き合わせれば、関税の引き下げと、その前年までに進んでいた円の切り上げとで、課税標準が1,100円の線を割ったということだ。
ジョニ赤で組み立てた例も残っている。1977年4月の衆議院物価問題等に関する特別委員会で、政府側はこう答えた。ジョニ赤のCIF価格は約400円、関税が約300円で計700円。そこに150%の酒税がかかって約1,000円、酒税を払い終えた時点で約1,700円になる、と。
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輸入原価400円のものが、港を出るときには1,700円になっている。ジョニ黒は一段上の220%区分だから、倍率はもっと大きい。「ウイスキーは税金が高かった」という記憶自体は正しい。ただしそれは関税ではなく、酒税の従価税の話だった。
この二段階の税率は、その後も長く生きている。1981年3月の参議院大蔵委員会でも、参考人として招かれた日本洋酒酒造組合の渡邊剛權常務理事が「ウイスキー類特級に対する酒税の従価税率は二二〇%あるいは一五〇%と特に高い」と述べている。
この従価税は輸入品専用の仕組みではなく、国産にも級別と従価税があった。そちらの事情は「特級」と書かれた古いラベルの話にまとめてある。輸入酒が独特なのは、税が輸入コストと関税を積み上げた額にかかるため、為替が動くたびに仕入れ値そのものが上下することだ。杉谷理事長の説明でも、ポンド相場は1975年8月の平均634円20銭から1977年8月の466円81銭へ、2年で167円39銭——約26%下がっている(円の側から見れば約36%の切り上がりだ)。
税で「輸入原価の数倍」までは説明がつく。だが、店頭の九千円には届かない。
1982年3月24日、衆議院大蔵委員会。平林剛議員が具体的な数字を並べている。デパートなどの店頭でジョニ黒が九千円、ジョニ赤が三千八百円。一方、ジョニ黒のCIF価格は850円ほど、ジョニ赤は480円ほど。ジョニ黒は港の値段の十倍で売られている計算になる。
答弁に立った垣水孝一関税局長は、ウイスキーの関税はすでに東京ラウンドの引き下げを8年分前倒しで実施済みだと説明したうえで、こう述べた。ジョニ赤クラスの小売価格3,800円に対し関税のシェアは7%、ジョニ黒クラスの九千円に対しては3%程度。今回さらに平均10%以上関税を下げても「一本当たりにいたしますと三十円程度」で、「恐らくは小売価格にはほとんど影響がないのではないか」。
紙の上で組み立ててみると、事情がはっきりする。CIF850円に1本あたりの関税298円を足して1,148円。1リットルに直せば1,510円で、220%区分の境目である1,100円をゆうに超える。その220%をかければ酒税はおよそ2,530円。全部足しても3,700円ほど、九千円の四割前後にしかならない。
残りはどこへ行ったのか。平林議員は続けてこう指摘している。「中間マージンが店頭価格の、ジョニ赤でいけば四六%、ジョニ黒でいけば六〇%も入ってしまっている」。
九千円のうち、五千円以上が流通の取り分だったということだ。関税を三十円下げたところで、動くはずがない。
しかも輸入酒の酒税は、あくまでCIFと関税を足した額にかかる。先ほどの渡邊常務理事が「国産洋酒に著しく不利」と訴えたのは、まさにこの点だった。国産は生産者の販売価格——広告宣伝費も利潤も含んだ額——に課税されるのに、輸入酒は港から先に乗る経費と利潤が課税対象から外れる。つまりこの六割は、税を一円も増やさずに積める六割だった。
なぜ六割ものマージンが乗ったまま売れ続けたのか。答えは単純である。贈り物として売れていたからだ。
安いルートは、あった。1972年10月、商標権侵害に対する輸入差止めの運用が改定され、総代理店以外の第三者による輸入通関が認められる。いわゆる並行輸入の始まりで、同じ商品に二つの値段が存在する状態が生まれた。
だが、そのルートは細く保たれた。1977年12月、公正取引委員会は並行輸入が実際に妨害されている事例をつかんだとして、オールドパーを輸入する会社に立入検査を行っている。委員会での説明によれば、並行輸入品は総代理店ルートの商品よりかなり安く消費者に届いていたが、「そのルートがわりと細いといいますか、その量に限界がございます」ため、一般の輸入品価格を押し下げる効果は十分ではなかった。
オールドパー 12年Old Parr 12 Year Old
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もっと直接的な指摘が、1987年12月の衆議院物価問題等に関する特別委員会に残っている。岩佐恵美議員が日本消費生活コンサルタント協会の「贈答品の中身と価格」という調査を引きながら、ある商店のチラシを示す。ジョニ黒はメーカー希望小売価格八千円のところ三千六百円、ホワイトホースは四千円のところ二千四百三十円、レミーマルタンVSOPは一万二千円のところ五千八百円。岩佐議員自身が「恐らく並行輸入価格なんだろう」と断っているとおり、正規ルートの値段ではない。
ホワイトホースWhite Horse
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そのうえで、調査書の指摘としてこう述べている。多くのデパートではこうした安い並行輸入品も売られているのに、「事ギフト時期になると、デパートではそれまで売られていた並行輸入品が姿を消してしまう、正規ルート品だけになる店がほとんどである、そして、ギフト時期を過ぎるとまた並行輸入品がお買い得品として店頭に出てくる」。
半額以下で流通していることは、業界も消費者団体も知っていた。それでも、お中元とお歳暮の棚には希望小売価格の箱が並ぶ。贈り物に必要なのは中身の相場ではなく、値札の格だからだ。
この構図を、当時の大蔵大臣自身が率直な言い方で認めている。1984年4月、参議院大蔵委員会での竹下登蔵相の答弁だ。「我々のところへ本当はサントリーを持ってきてくれりゃいいんです、わざわざジョニ黒なんか持ってこなくても。我々一同に味がわかるわけじゃございません」。そして輸入洋酒が「末端において贈答品等にしか使われてないというのは、その間の各段階のマージン問題じゃないですか」と。
蔵相が名前を挙げた「サントリー」の側にも、贈答用の顔があった。だるまの愛称で親しまれたオールドは、当時の国産高級ウイスキーの代表格である。舶来を贈るか、国産を贈るか——値札の格を競う舞台は、輸入酒だけのものではなかった。
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高かったから贈り物になったのではない。贈り物であり続けたから、高いままでいられた。
数字の実感も添えておきたい。
賃金構造基本統計調査に基づく時系列によれば、1982年の男性大卒初任給は127,200円。同じ年の国会で挙がったジョニ黒の店頭価格は九千円だから、**初任給のおよそ七%**にあたる。一本のウイスキーとしては、たしかに重い。
もっとも、輸入ウイスキーが市場を席巻していたわけではない。1977年の国会答弁では、国産と輸入を合わせたウイスキーのうち輸入の比率は「大体八%程度」とされている。数の上では完全に脇役だ。バーで自分の名前を書いてキープされた一本も、多くは国産だった。それでも記憶の中でジョニ黒が主役なのは、日常的に飲まれる酒ではなく、人に贈られ、応接間に飾られる酒だったからだろう。
いま黒ラベルが二千円台半ばから三千円ちょうどで買える理由は、値札を支えていた三本の柱が順に抜けたことで説明がつく。
一つ目、数量の柱。1971年1月の自由化で枠は消えた。
二つ目、為替と税の柱。枠をドルで配っていた1ドル360円の時代も、この記事に出てきた1ポンド634円という水準も、いまは遠い。級別制度と従価税も1989年の酒税法改正で廃止された。値段に比例して重くなる税がなくなり、高価格帯ほど下がる余地が生まれた。詳しくは「特級」ラベルの記事にゆずる。
三つ目、用途の柱。六割のマージンを支えていたのは、贈答需要だった。そして、いちばん最後まで残ったのがこれである。1987年のチラシが、並行輸入品とはいえジョニ黒を三千六百円で売っていたことを思い出してほしい。税制改正を待つまでもなく、安く売れる原価はとっくにあったのだ。それでもギフトの棚から並行輸入品が消えたのは、需要の側が高い値札を必要としていたからにほかならない。洋酒を贈る習慣が薄れれば、二重価格を維持する理由もなくなる。
味の話が一つも出てこなかったことに、気づいただろうか。中身は当時もキルマーノックの食料品店に始まるブレンデッドスコッチで、カーデュを核に据えるブレンドの基本設計も引き継がれている(熟成やレシピの細部まで同じかどうかは、オールドボトル愛好家のあいだでも意見が割れるところだ)。大きく変わったのは酒ではなく、酒を取り巻く制度と用途のほうだった。
だから、実家の棚で埃をかぶった箱入りのジョニ黒を見つけても、「昔は高かった名酒」と身構えなくていい。古いボトルが飲めるかどうかの見極めさえついたら、その日のうちに開けてしまうのがいい。あれは開けずに飾るために造られた酒ではなく、色で味と格を並べた、よく売れるブレンデッドスコッチなのだから。
九千円という値札は、中身ではなく時代が貼っていた。剥がれてよかった値札である。
ジョニーウォーカー ブラックラベルJohnnie Walker Black Label
🏴 スコットランド ・ キャメロンブリッジ蒸留所ほか ・ ブレンデッド ・ 12年 ・ 40%
ジョニーウォーカー レッドラベルJohnnie Walker Red Label
🏴 スコットランド ・ キャメロンブリッジ蒸留所ほか ・ ブレンデッド ・ NAS ・ 40%
無線の通話表で、Wは「ウイスキー」。かつてこの座は人名の「ウィリアム」のものだった。英語話者のための表が国際化するなかで酒の名が選ばれた理由を、選定を検証した1959年の報告書からたどる。