「余韻が長い」とは何秒のことなのか——ワインは1秒を1カウダリーと数え、ウイスキーは目盛りを作らなかった
「フィニッシュ:長い」——テイスティングノートの最後の一行は、何秒のことなのか。ワインが1秒を1カウダリーと数えるのに対し、ウイスキーは目盛りを作らなかった。口の中で余韻を支えている成分の正体をたどる。
テイスティングノートの最後には、たいてい一行だけ「フィニッシュ:長い」と書いてある。では、長いとは何秒のことなのか。この問いにきちんと答えてくれるウイスキーの本は、ほとんど見当たらない。
ところが、ワインには物差しがある。
余韻を数える単位、カウダリー
フランスのワイン教育の現場では、飲み込んだあと(あるいは吐き出したあと)に香味が消えるまでの時間を、カウダリーという単位で数える。1カウダリーは1秒。語源はラテン語の cauda、「尾」だ。口の中に尾を引く時間を、そのまま秒で測ろうという発想である。
よく使われる目安のひとつでは、おおむね3カウダリー(3秒)以下なら短く単純なワイン、4〜7で良好、8以上で「偉大な長さ」とされる。区切りは流儀によって差があり、公式な規格でもない。それでも、余韻という曖昧なものに秒という物差しを当てたことの意味は大きい。
ウイスキーは、香りの言葉は揃えたのに、目盛りは作らなかった
ウイスキー産業が感覚の言語化に無関心だったわけではない。1979年、業界の共同研究機関ペントランズ・スコッチウイスキー・リサーチ(現在のスコッチウイスキー研究所、SWRI)に置かれた作業部会が、「スコッチウイスキーの香味用語」と題した論文を『Brewers' Guardian』誌11月号に発表している。研究者と現役のブレンダーが組んだ仕事で、のちに広く使われるフレーバーホイールの原型がここで示された。各人の経験に頼っていた表現に、業界共通の語彙が与えられた出来事である。
ただし、そこで整えられたのは香味を何と呼ぶかであって、それが何秒続くかではなかった。フルーティ(エステリー)、ピーティ(フェノリック)、フェインティ——言葉は揃い、長さの目盛りだけは、テイスティングノートの慣習として定着しないまま今に至る。
だから今も、同じボトルのレビューが「余韻は短め」と「驚くほど長い」に平気で割れる。しかも理由は目盛りの不在だけではない。後で触れるが、余韻の感じ方には生理的な個人差も無視できない形で関わっている。
飲み込んだあと、口に残っているのは液体ではない
そもそも、飲み込んだのに味が残るとはどういうことなのか。
近年の食品科学が示すのは、そこにあるのが液体ではなく、粘膜に貼りついた成分だという事実だ。口の中の粘膜は唾液由来のタンパク質の薄い膜(ムコサルペリクル)に覆われていて、香気成分はここに吸着する。口腔粘膜を再現したモデルを使った実験では、この膜があるだけで香気成分の放出が7〜86%も抑えられた。働いている力のひとつは疎水性、つまり水と馴染みにくい性質による結びつきである。
さらに、唾液や口の中の細胞が特定の成分——とりわけカルボニル基をもつ成分——を分解してしまうことも分かっている。飲み込んだ瞬間から、口の中では吸着と放出と分解が同時に進んでいる。余韻とは、その残り火のようなものだ。
味わいの主役が舌ではなく鼻であることはなぜウイスキーは「味わう」より「香りを嗅ぐ」ほうが大事なのかで書いたが、飲み込んだあとも、その鼻がまだ働き続けている。
グラスで華やかに香る成分ほど、余韻には残りにくい
ここから、少し意外な結論が出てくる。
中国の白酒を対象にした研究では、蒸気圧やヘンリー定数——要するに揮発のしやすさ——が、口の中での持続性と負の相関を示した。飛びやすい成分ほど、早く消える。原料も製法も違う酒ではあるが、ワインを対象にした研究よりは条件が近い。
グラスに鼻を近づけた瞬間に立ちのぼる、あの華やかな香り。あれを担っているのは軽くて飛びやすい成分だ。そして、まさにその軽さゆえに、飲み込んだあとには残りにくい。ノージングで感動させる成分と、フィニッシュを支える成分の重なりは、思うより小さい。
空になったグラスが最後まで甘く匂う理由(なぜ、飲み干した空のグラスからいちばん甘い香りがするのか)も、突き詰めれば同じ仕分けの話である。
後に残るのは、重くて飛びにくいものだ。ピート由来のフェノール類、樽から溶け出したバニリンやオークラクトン、そして双方から来るグアヤコール。ワインを使った研究でも、エステルや直鎖アルコールが早々に失われる一方、ラクトンやテルペン、グアヤコールは持続性の高い群に分類されている。ラフロイグの薬品めいた煙が飲み込んだあとも喉の奥に居座り続けるように感じられるのは、フェノールが軽くないからだ。ピートの香りが薬品に例えられる理由はアイラ島のピートはなぜ薬品っぽいのかで詳しく触れている。

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