なぜ明石の小さな酒蔵は、山崎の完成より5年早く「ウイスキー製造免許」を取っていたのか——1919年の一枚と、蔵自身が「最古」を名乗らない理由
日本のウイスキーの始まりは1924年の山崎——だがその5年前、兵庫県明石市の日本酒蔵がウイスキー製造免許を取っている。「日本最古の免許」と語られる一枚を検証すると、この蔵の106年がむしろ面白く見えてくる。
日本のウイスキーはいつ始まったのか。そう聞かれれば、多くの人が「山崎」と答える。鳥井信治郎が竹鶴政孝を招いたのが1923年、山崎蒸溜所が完成したのが1924年。モルトウイスキーを本格的に蒸留する施設としては、たしかにそれが最初だ。
ところが物差しを「ウイスキーの製造免許」に取り替えると、景色が変わる。その5年前、1919年(大正8年)に免許を取っていた蔵が、兵庫県明石市の海べりにある。日本酒の蔵である。
山崎の完成より5年早い、1919年の一枚
江井ヶ嶋蒸留所を持つ江井ヶ嶋酒造。卜部(うらべ)家がこの地で酒を造り始めたのは1679年、会社としての設立は1888年(明治21年)にさかのぼる清酒蔵で、いまも主力は「神鷹」という日本酒だ。
その蔵が、1919年にウイスキーの製造免許を取得したことは、会社自身が公式サイトに明記している。同社の沿革には同じ1919年の項として「ウイスキー蒸留工場完成」が記され、同年に「ホワイトオーク」の名で売り出したとも伝えられている。
寿屋(現サントリー)が山崎に着手するより前に、明石の酒蔵はウイスキーの免許を持っていた。ここまでは動かない。
それは「日本最古の免許」なのか
この話はしばしば「日本最古のウイスキー免許」として語られる。ただ、そう言い切るには足元が少し柔らかい。
まず、ウイスキーを名乗る酒づくり自体は1919年よりずっと早い。明治期には、関税の安い輸入アルコールに砂糖や香辛料を加えた「調合ウイスキー」が、薬種問屋の手で売られていた。酒の分類も課税の枠組みもいまとは前提が違う時代で、「最初」の線をどこに引くかによって順番はいくらでも入れ替わる。摂津酒造が竹鶴政孝をスコットランドへ送り出したのも1918年、明石が免許を取る前年のことだ。
そして何より、江井ヶ嶋酒造は「日本最古」を掲げていない。公式サイトはウイスキー免許の取得年こそ記すが、最古を名乗る一行はどこにもない。名乗ろうと思えば名乗れそうな蔵が名乗らない——その沈黙のほうが、称号よりも雄弁だと思う。
1919年に「何を造っていたか」は分かっていない
名乗らない理由は、たぶんここにある。
1919年当時のこの蔵に、ポットスチル(単式蒸留器)があった記録が見当たらない、と指摘されているのだ。ではどうやって造っていたのか。ウイスキーとは呼べないものだったのではないか、輸入したウイスキーを詰め替えていたのではないか——推測はいくつも語られるが、確かなことは分かっていない。
つまり1919年の免許が示すのは「制度の上で早かった」ことであって、「早くモルトを蒸留した」ことではない。この区別をつけたほうが、蔵の歩みはむしろ面白く見えてくる。走り出しは早く、主役になるのはずっと後だった蔵、ということになるからだ。
自社シングルモルトまで、88年
蒸溜所らしい蒸溜所になるまでに、この蔵はずいぶん時間をかけている。1981年に施設を一新。ポットスチルを備えた新しいウイスキー蒸溜所が竣工したのは1984年(昭和59年)だ。免許取得から65年後にあたる。
自社初のシングルモルト「あかし シングルモルト 8年」の発売は、さらに先の2007年。1919年から88年が経っていた。
この遅さを怠慢と読むのは酷だろう。シングルモルトを一本立ちの商品として売る発想は、グレンフィディックが1963年に口火を切ったものの、市場として広がったのは1980年代以降だ。日本の小さな蔵の原酒がそれ単体で評価される時代は、さらに後から来た。明石の蔵は、時代が追いついてくるまで免許を手放さなかった、と言うほうが近い。
「海に近い蒸溜所」で樽を並べるということ
この蒸溜所は、しばしば「日本一海に近い蒸溜所」と紹介される。瀬戸内海のすぐそばに貯蔵庫が並び、そこで眠った原酒に微かな潮っぽさを感じる、とよく語られる。
念のため補足すると、海の塩がウイスキーに溶け込むわけではない。潮の印象がどこから来るのかは海沿いのウイスキーはなぜ潮の香りがするのかで書いたとおり、湿度や樽、香りの連想が絡んだ複合的な話だ。それでも「海のそばで寝かせる」という選択が、この蔵の一杯の性格をつくっている。
設備は驚くほど小さい。仕込み水は地下100メートルから汲む深井戸水(硬度100)。ポットスチルは三宅製作所製の2基で、2019年に新調されている。発酵槽はステンレス3基に加え、2023年からダグラスファーの木製ウォッシュバックが1基。1回の仕込みで使う麦芽は1トン、年間の生産能力はアルコール分63.5%換算で12万リットル規模——大手の一蒸溜所とは桁が違う。
熟成にはアメリカンオークのバーボン樽とシェリー樽が使われる。まずは1,000円前後で手に取れるブレンデッドから、この蔵の輪郭をつかむのがいい。
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