なぜ厚岸は、北海道の牡蠣の町から「アイラのような一本」を生んだのか——湿原の神の名と、二十二で幕を閉じた二十四節気
アイラモルトに憧れた社長が、造りたい味から逆算して選んだ土地が北海道・厚岸だった。泥炭層を通る水、海霧、そして牡蠣。「アイラのように」始まった蒸溜所が、なぜ自分の土地の味へ向かったのか。
北海道の東の端、太平洋に面した牡蠣の町に、ウイスキーの蒸溜所がある。厚岸蒸溜所——2016年に稼働した、日本でもっともアイラに近いと言われる造り手だ。
なぜ、牡蠣で知られる人口8千人足らずの町から、いまジャパニーズウイスキーの最前線として名が挙がるのか。そこには「アイラモルトのようなウイスキーを造りたい」という、ひとりの経営者の執着に近い夢がある。
「アイラのような一本を」から逆算して、土地を探した
厚岸蒸溜所を建てたのは、東京の商社・堅展実業。代表取締役社長の樋田恵一氏は、若い頃からアイラモルトに魅せられ、「いつか自身の手でウイスキーを造るなら、スコットランドの伝統的製法で、アイラモルトのようなウイスキーを目指したい」と語ってきた。
ここが厚岸の面白いところで、多くの蒸溜所が「うちの土地で何が造れるか」から始まるのに対し、厚岸は造りたい味から逆算して土地を探した。掲げた条件は、おおむね三つだったとされる。泥炭層を通った水が得られる湿地帯であること。熟成に向く冷涼で湿潤な気候であること。そして——アイラ島と同じく、牡蠣の獲れる土地であること。
厚岸はその三つをすべて満たしていた。町はラムサール条約に登録された広大な湿原を抱える土地で、良質な泥炭(ピート)が得られる。仕込み水に使うホマカイ川・尾幌川上流の水は、ピート層を通ってくるため、アイラの水のようにうっすらと茶褐色を帯びる。夏は海から霧が流れ込み、冬は日中でも氷点下が続く。
そして牡蠣。アイラでも牡蠣は名物で、島ではモルトを一滴垂らして食べるのだと語られる。厚岸もまた、日本有数の牡蠣の産地だ。味の設計図に、土地の食卓まで含まれていたことになる。
「アイラのように」は、コピーではなかった
蒸溜所に入ると、スコットランドの伝統に忠実な設備が並ぶ。ポットスチルはスコットランドのフォーサイス社製で、初留器5,000リットル、再留器3,600リットルのストレート型。麦芽はノンピートからライトピート、そして50ppmというヘビリーピートまで使い分ける。50ppmは麦芽段階のフェノール値だが、アイラの煙たい銘柄が使う麦芽と同じ土俵の数字だ。
だが厚岸が面白くなるのは、ここから先である。仕込み水はミズナラ林を抜けてくる。熟成にはバーボン樽やシェリー樽に加え、ミズナラ樽、ワイン樽、ラム樽が並ぶ。麦芽も英国産の「ロリエット」だけでなく、北海道産の二条大麦「りょうふう」を使う。2021年秋にはドイツ製の製麦設備を導入し、厚岸産のピートを自前で焚けるようにした。
つまり煙は借りても、その煙の下に置いたのは北海道の素材だった。掲げる構想の名前が象徴的で、原料をすべて地元でまかなう「厚岸オールスター」、そして「オール北海道」。アイラを目指した蒸溜所が、結局いちばん熱心に追いかけているのは自分の土地の味なのだ。
ピートの香りがなぜ薬品のように立ち上がるのかはアイラ島のピートはなぜ薬品っぽいのかで、ミズナラが与える白檀のような香りについてはこちらで詳しく書いた。
最初のシングルモルトに、湿原の神の名をつけた
厚岸が初のシングルモルトを世に出したのは2020年2月。名前は「サロルンカムイ」といった。アイヌ語でタンチョウを指す言葉で、葦原(湿原)にいる神、といった意味に訳される。使われたのは、操業初年度である2016年に蒸溜した原酒のみ。バーボン樽、シェリー樽、赤ワイン樽、ミズナラ樽で寝かせた酒を組み上げた一本だった。
海の向こうの島に憧れて始まった蒸溜所が、最初のシングルモルトに冠したのは、目の前の湿原に降り立つ鶴の名だった。ここで厚岸は「アイラの真似」ではなく「厚岸のウイスキー」を名乗ったのだと思う。
二十四節気——二十二で幕を閉じた、季節の連作
そして厚岸の名を決定的にしたのが、2020年秋に始まった二十四節気シリーズである。日本の季節の呼び名を一本ずつラベルに掲げ、第一弾「寒露」から、およそ三か月ごとにリリースを重ねてきた。

🇯🇵 日本 ・ 厚岸蒸溜所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 55%
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