なぜ「スコットランドの酒」なのに、大麦はスコットランド産でなくてもいいのか——条文が縛るのは造る場所だけで、畑の場所は一行も書いていない
スコッチの条文は糖化も蒸留も熟成もスコットランドと厳しく縛る一方、原料の大麦がどこで採れたかには一言も触れていない。日本の基準が産地を書き込んだのは「水」だけ。その空白に、自分から縛りを増やす造り手がいる。
蒸溜所の見学に行くと、案内はたいてい水と大麦の話から始まる。この丘の湧き水、この土地の麦。聞いているうちに、一本のボトルの中身は全部この風景から出てきたのだ、という気になってくる。
ところが、スコッチウイスキーの定義を条文で読むと、その大麦がどこで育ったかについては、一行も書かれていない。
条文が縛っているのは「造る場所」だけ
スコッチを定義しているのは、英国の規則〈The Scotch Whisky Regulations 2009〉である。その第3条(regulation 3)は、スコッチウイスキーと名乗るための条件をこう並べている。
- スコットランドの蒸溜所で、水と麦芽(加えてよいのは他の穀物の全粒だけ)から蒸留すること
- その蒸溜所で糖化(マッシング)し、その蒸溜所で酵母の添加だけによって発酵させること
- 容量700リットル以下のオーク樽に詰め、スコットランド国内で3年以上熟成させること
読んでいくと、場所の指定が工程ごとに繰り返されているのが分かる。糖化も発酵も「その蒸溜所で」、蒸留は「スコットランドの蒸溜所で」、熟成は「スコットランドで」。国どころか、蒸溜所という単位まで下りて縛っている工程すらある。熟成した樽をスコットランドの外へ持ち出せないという縛りについては、なぜスコッチは、スコットランドの外で熟成してはいけないのかで書いた。
一方、原料についての規定は「水と麦芽」「加えてよいのは他の穀物の全粒だけ」——つまり、中身の種類の話しかしていない。畑の場所も、品種も、収穫年も、条文は問うていない。
理屈のうえでは、イングランドの畑で育った大麦を使っても、他の条件を満たすかぎり出来上がるのはまぎれもないスコッチである。そして、これは理屈だけの話ではない。その一本は現に存在する。
「大半はスコットランド産」——ただし全量とは書いていない
では現実はどうか。業界団体スコッチウイスキー協会(SWA)は、自らのサイトにこう書いている。
業界の大麦と小麦の必要量の大半は、スコットランド国内で調達されている。
「大半(the majority)」。全量とは書いていない。同じページは理由も添えている。スコットランドの気候は良質な大麦づくりに向いており、それに良い営農技術が組み合わさることで、スコットランド産の大麦は蒸溜業者にとって非常に魅力的なのだ、と。
つまり順序が逆なのだ。条文が地元産を強制しているのではなく、造り手が地元産を選んでいる。
そして大麦は農産物だから、需給は畑の外の事情でも大きく動く。英国では2025-26穀物年度の前半、醸造・製麦・蒸留向けの大麦使用量が164,000トン(17%)減り、統計を取り始めた1990年以来、半年間としては最大の落ち込みになったと報じられている。AHDBの作付意向調査によれば、2026年産のスコットランドの春大麦の作付面積も10%減の227,000ヘクタールに落ち込む見込みだという。ウイスキーの売れ行きが鈍れば、畑の作付けまで動くわけだ。
産地まで条文で固定してしまえば、需給がこれだけ振れる年に逃げ場がなくなる。条文が「どこで造るか」を厳しく縛りながら「どこで採れたか」を空けてあることには、そういう実務上の余地があるように見える。
日本の基準が産地を書き込んだのは「水」だけである
同じ形は、日本の足元にもある。
「ジャパニーズウイスキー」を名乗る条件は、日本洋酒酒造組合が2021年4月1日に施行した自主基準「ウイスキーにおけるジャパニーズウイスキーの表示に関する基準」で定められている(既存の表示には2024年3月末までの経過措置が置かれた)。原材料は麦芽、穀類、日本国内で採水された水に限り、麦芽は必ず使う。糖化・発酵・蒸留は日本国内の蒸留所で行い、留出時のアルコール分は95度未満。700リットル以下の木製樽に詰めて日本国内で3年以上貯蔵し、日本国内で瓶詰めしてアルコール分40度以上——本物のジャパニーズウイスキーの見分け方で扱った基準だ。
ここで、原材料の一行をもう一度読んでほしい。「日本国内で採水された水」。水にだけ、産地が書き込まれている。麦芽と穀類には、その限定がない。
日本のウイスキーの多くが輸入した麦芽で仕込まれているのは、隠されてきたことでもなんでもない。基準がそれを許しているというより、基準は初めからそこを問うていないのだ。
空いている余白に、自分から縛りを増やす人たち
法が求めていないなら、書かなくていい。それでも、わざわざ自分で縛りを増やす蒸溜所がある。
アイラ島のブルイックラディは、2001年の操業再開にあたって大麦を100%スコットランド産にすると決めた。島の農家と組んで島内で大麦を育てる取り組みは2004年から続き、いまでは19軒の農家が畑を出している。「アイラ・バーレイ」と名の付いた一本は、どの農場の麦かまで辿れる。

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