なぜ南極の氷の下で100年眠っていたウイスキーは、19世紀末スコッチの「常識」に収まらなかったのか——シャクルトンが置いていった11本と、その成分分析
1907年のニムロド遠征隊が南極に残したマッキンレーのウイスキーが発見され、3本が成分分析にかけられた。凝固点マイナス34.3度、軽いピート、アメリカンオークのシェリー樽。19世紀末スコッチの像に収まらない姿が出てきた。
南極大陸、ロス島のケープロイズ。1908年に建てられた小さな木造小屋が、いまも残っている。2006年、その床下の氷の中に木箱が埋まっていることが確認された。掘り出されたのは4年後、2010年のことである。
出てきたのは5箱。3箱にスコッチウイスキー、2箱にブランデー。置いていったのは、アーネスト・シャクルトン率いるニムロド遠征隊だった。以来100年、箱は氷の下に据え置かれたままだった。
ただ、この話が「氷漬けの酒が見つかった」で終わらなかったのは、そのあとに起きたことのためだ。11本が姿を現し、うち3本がスコットランドへ渡って、成分分析にかけられた。そしてその結果は、19世紀末のスコッチについて長く共有されてきた像に、収まらなかった。
置いていかれた箱
ニムロド遠征(1907〜1909年)は、シャクルトンが自ら指揮した最初の南極遠征だ。当初は大陸の東側に基地を置く計画だったが適地が得られず、隊はマクマード入江へ転じる。そこでもハット・ポイントへの接近を厚い海氷に阻まれ、1908年2月、ケープロイズを冬営地に決めて小屋を建てた。
1908年10月29日にそこを発った南下行は、翌1909年1月9日、南緯88度23分に達する。極点までおよそ180キロ。当時の最南到達記録であり、そこで引き返す判断を下したことが、後年シャクルトンの評価を決定づけた。
隊は生還し、小屋には使われなかった物資が残された。そのなかに、リースとインヴァネスに拠点を置いたブレンダー、チャールズ・マッキンレー社のウイスキーの箱があった。
2010年、床下の氷から
ニュージーランドの南極遺産トラスト(Antarctic Heritage Trust)は、この小屋の保存活動を続けている。床下の氷に閉じ込められた箱の存在は2006年の作業中に判明していたが、実際に掘り出されたのは2010年だった。
ウイスキーの3箱が回収され、うち1箱がニュージーランドへ空輸された。カンタベリー博物館に用意された専用の環境で、来館者に見せながらゆっくり解凍する、という方法が採られている。
現れたのは11本。紙と藁の梱包に包まれたままだった。
南極の床下で、瓶はなぜ割れなかったのか
まず、中身が減っていなかった。分析報告は、約700mLの充填量に明らかな目減りが見られなかったと記している。栓とシールが機能し続けたということだ(ボトルの容量そのものの話はなぜウイスキーのボトルは「700ml」なのかに譲る)。
そして、割れなかった。ここは論文がきちんと実測している。
- ウイスキーの凝固点はマイナス34.3度(誤差±1.53度)。ただしその温度で一気に固まるのではなく、まずシャーベット状になる。完全に固化するにはマイナス40度をさらに下回る必要がある。
- 2010年に計測された小屋の内部の温度は、夏でプラス3.3度、冬でマイナス32.5度。
- 小屋の外の最低気温はマイナス42.1度。
つまり中身は、凝固点のすぐ手前をうろつく環境に100年置かれていた。それでもガラスが割れなかった理由として論文が挙げるのは、床下という位置と、藁の梱包と木箱が大きな温度変動を緩衝したことである。加えて、この酒は凝固点を割ってもいきなり固体になるのではなく、シャーベット状にとどまる。
ビールやワインが冷凍庫で凍って栓を押し上げるのに対し、度数の高い蒸留酒はそうならない。ウイスキーが冷凍庫で凍らないのと同じ理屈で、度数が上がるほど凝固点は下がる。南極は家庭用冷凍庫よりはるかに厳しいが、それでもこの一本は、ぎりぎり生き延びる側に立っていた。
解凍後の検査でも、濁りは見られず、風味の劣化も認められなかった。pHは4.3。傷んだ酒の値ではない。
3本がスコットランドへ渡る
2011年1月、ニュージーランド政府の許可のもと、3本がスコットランドへ運ばれた。運んだのは、マッキンレーのブランドを引き継いだホワイト・アンド・マッカイ社の当時のオーナーで、自身の専用機が使われている。分析はスコッチ・ウイスキー研究所(SWRI)と共同で行われ、結果は同年、醸造学会誌『Journal of the Institute of Brewing』に論文として発表された。
分かったことを並べると、こうなる。
- アルコール度数は47.19%(±0.10)。ラベルに度数の記載はなかった。分析側は、表示が義務づけられたのは1907年だと注記している。
- ピートは軽い。フェノール類の総量は3.48 mg/L。この時代のスコッチとして想定されていた水準より明らかに少なかった。泥炭の産地はオークニー諸島のエデイ島とされている。
- 樽はアメリカンホワイトオークのシェリー(あるいはワイン)樽のファーストフィル。オークラクトンの異性体比がアメリカンオークを、チロソールがシェリー系の前歴を示した。熟成は5〜10年、10年寄りと推定されている。
- 単式蒸留(ポットスチル)由来の成分が確認された。アミルアルコール類やフルフラールの出方がそれを裏づけている。
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