ウイスキーを造る火は、何で焚かれているのか——直火を水素に替えても、原酒の骨格は変わらなかった
業界の排出の9割超は、燃料を燃やす炎から出る。ではその火を水素に替えたら、味はどうなるのか——山崎のパイロット蒸溜所で行われた実証と、日本とスコットランドの樽で眠り始めた原酒の話。
ウイスキーのラベルには、ずいぶん多くのことが書いてある。熟成年数、樽の種類、度数、蒸溜所の名前。けれど、そこに書かれていないものがひとつある。その一杯を造った火が、何で焚かれていたのかだ。
麦芽を糖化し、もろみを沸かし、蒸気を立ち上らせる——ウイスキー造りは、突き詰めればほとんどが「熱の仕事」である。そしていま、その熱の出どころが静かに置き換わろうとしている。
蒸溜所が出しているものの、ほとんどは「炎」
スコッチウイスキー協会(SWA)がリカルド社に委託し、2020年5月にまとめられた報告書に、業界全体の内訳が載っている。2018年のデータで、モルト蒸溜所70か所・グレーン蒸溜所5か所を含む127拠点を集計したものだ。
排出量は年間528,792トンCO2換算。その燃料別の内訳が、この記事の出発点になる。
- 天然ガス:63%
- 化石燃料由来の重油類:31%
- LPG/CNG:1%
- 電力:5%
つまり9割以上が、何かを燃やした炎から直接出ている。電力の寄与は5%にとどまる。しかも排出の88%は蒸溜所での活動によるもので、瓶詰め工場やオフィスの寄与は小さい。同報告書は、蒸留のための熱を作ることこそが排出の主要因であり、技術上の最大の難所だと明記している。
蒸溜所というと、私たちはつい銅のポットスチルや樽の並ぶ熟成庫を思い浮かべる。だが数字の上では、蒸溜所とは「巨大なボイラーを抱えた工場」なのだ。
「電気に替えればいい」で終わらない理由
では電化すればいい、という話にはなかなかならない。ひとつは温度で、蒸留に要るのは高温の蒸気であり、家庭の給湯とは要求が違う。もうひとつは立地だ。スコッチの蒸溜所は島や谷あいに点在していて、太い送電網やガス網が来ていない場所が珍しくない。燃料を運び込んで燃やす形が長く合理的だったのは、そういう事情による。
先の報告書は、水素・嫌気性消化(バイオガス)・バイオマス・高温ヒートポンプを組み合わせる複数のシナリオを検討している。最も現実的とされた「バランス型」では、削減分のうち水素が19%、嫌気性消化が14%、ヒートポンプが9%、バイオマスが3%を担う想定だ。ひとつの決定打ではなく、拠点ごとに違う手を打つ——それが業界の描いた絵だった。
なお嫌気性消化の原料は、蒸留のあとに残る穀物カスや液体である。これはもともと牛の飼料として近隣に配られてきたものでもある。
アイラ島で計画されている水素ボイラー
具体的な一歩として名前が挙がるのが、アイラ島のブルックラディだ。
英政府は2021年1月、蒸溜所の燃料転換を支援する総額1,000万ポンドの「グリーン・ディスティラリーズ・コンペティション」の第1段階として、スコットランド11か所・イングランド6か所の計17蒸溜所を選んだ。1件あたり4.4万〜7.5万ポンドの実現可能性調査である。第2段階では4件に計1,132万ポンドが投じられ、ブルックラディはそのひとつとして265万ポンドを得た。プロティウム社とともに、ジェリコ・エナジー・ベンチャーズ傘下が特許を持つ水素ボイラー「ダイナミック・コンバスチョン・チャンバー(DCC)」を、ヴィクトリア朝の蒸溜所に据える計画である。
同社は電力をすでに再生可能エネルギー100%に切り替え、温排水を回収して再利用する仕組みも導入した。だが肝心の水素ボイラーは、公式サイトの記述を見るかぎりいまも設計・技術検討のフェーズ2にある。掲げてきた目標は「2025年までに蒸留を脱炭素する」——すでに過ぎた年である。離島ゆえ再生可能エネルギーの供給力が乏しく、水素は島内で作るほかない、という難しさも同社自身が認めている。

Bruichladdich The Classic Laddie
🏴 スコットランド ・ ブルイックラディ蒸留所 ・ シングルモルト ・ NAS ・ 50%
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