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ウイスキーは誰が造っているのか——マッシュマン、スチルマン、ブルワー。蒸溜所の持ち場に付けられた名前 | Malt Note
製法解説 2026-07-31 ・ 約11分で読めます
ウイスキーは誰が造っているのか——マッシュマン、スチルマン、ブルワー。蒸溜所の持ち場に付けられた名前 スコッチの蒸溜所には工程ごとに固有の職名がある。モルトマンからクーパーまでの7つの持ち場と、1983年までスピリッツセーフの鍵を握っていた酒税官、そして消えたタダ酒の慣習「ドラミング」をたどる。
CONTENTS
この記事の目次 ↳ 大麦から樽まで、持ち場には名前がある↳ 「ブルワー」——ビールを売っていないのに、そう呼ばれた二番手↳ 職名は、階段と呼ばれてきた——ただし今は入口が二つある↳ 蒸溜所にいた、もう一人の「社員ではない人間」↳ 一日に何杯もの役得——「ドラミング」↳ いま、職名はどこへ行ったのか↳ 竹鶴政孝が、自分から買って出た持ち場↳ まとめ——ラベルの向こう側にいる人たち蒸溜所見学に行くと、工程の名前はひととおり覚えて帰ってくる。製麦、糖化、発酵、蒸留、熟成。パネルにも書いてあるし、ガイドもその順番どおりに案内してくれる。
けれど「その持ち場に立っている人を、なんと呼ぶのか」まで聞いて帰る人は、あまり多くない。
スコッチの蒸溜所には、工程ごとに固有の職名がある。この記事では、大麦から樽までの持ち場に付けられた名前と、それが職人の出世の順番とも重なってきたこと、そこにもう一人いた「蒸溜所の社員ではない人間」、そして一日に何杯もの役得が消えた理由をたどる。
1898年に建てられ、1983年に最後の樽を詰めて沈黙したスペイサイドのダラスドゥー蒸溜所は、閉鎖時の姿のまま産業遺産として保存されている。その蒸溜所の記録によれば、稼働していた時代にここで働いていたのはおよそ15人。職名は、マネージャー/ブルワー/モルトマン/マッシュマン/スチルマン/ウェアハウスマン/クーパー の7つだった。
持ち場に当てはめると、そのまま製造ラインの地図になる。
マネージャー(manager) — 蒸溜所の責任者。生産計画から帳簿まで、現場の一切を統べる。
ブルワー(brewer) — 二番手。糖化と発酵の工程を統括する。この妙な呼び名については次の節で。
モルトマン(maltman) — 大麦を製麦場の床に広げ、発芽させ、キルンへ送る。いわゆるフロアモルティングの担い手。
マッシュマン(mashman) — 麦芽を糖化槽(マッシュタン)で仕込み、麦汁に変える。「マッシュタンの人」がそのまま職名になった。
スチルマン(stillman) — 蒸留器を操り、酒の心臓部を切り出す。
ウェアハウスマン(warehouseman) — 空樽と実樽を運び、積み、記録する。
クーパー(cooper) — 樽を組み、割れれば直す。
15人という数字が示すとおり、これは「一人が一工程だけを一生やる」という意味ではない。ダラスドゥーの記録も、それぞれの持ち場に熟練の主がいて、必要に応じて複数の仕事をこなしたと説明している。名前がついていたのは職務であって、身分ではなかった。
ラフロイグ 10年 Laphroaig 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ ラフロイグ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
いまも自社の製麦場を回しているラフロイグのような蒸溜所では、モルトマンの仕事が実物として残っている(ただし自社製麦でまかなうのは必要量の一部で、残りは製麦専門の会社から調達している)。逆にいえば、多くの蒸溜所でこの職名が聞かれなくなったのは、製麦そのものを外部の業者に委ねたからだ。
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🏴 スコットランド ・ バルヴェニー蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
ラフロイグ 10年 Laphroaig 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ ラフロイグ蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
7つの職名のなかで、日本の読者がいちばん引っかかるのは**ブルワー(brewer)**だろう。ウイスキーを造っているのに、なぜ「醸造家」なのか。
一般には、こう説明されることが多い。蒸留の前段——麦芽を糖に変え、酵母で発酵させて「ウォッシュ」を得るまでの工程は、ビール造りとやっていることがほぼ同じだ。ホップを入れないビールをまず仕込み、それを蒸留する。だから麦汁と発酵を統べる者は、ウイスキーの蒸溜所であってもブルワーと呼ばれた、と。
この職の位置づけについては、はっきりした記録がある。ウェブ媒体 Scotch Whisky(scotchwhisky.com)は、ブルワーを「マネージャーに次ぐ蒸溜所の二番手」と明記しており、後述する「ドラム(作業員に配られる酒)」を配って回るのも彼の仕事だったと書いている。ダラスドゥーの職名一覧が manager → brewer の順で始まるのも、これと符合する。
ウイスキーの職業解説などでは、スチルマンは「蒸溜所のなかでは比較的上位の職で、マッシュマンやモルトマンを経てから就く人が多い」と説明されることがある。床の大麦から始まり、糖化槽を任され、最後に蒸留器の前に立つ——工程の順番と、職人の出世の順番がほぼ重なる、という見立てだ。
ただしこれは、現在の唯一の入口ではない。スコッチ・ウイスキー協会(SWA)が運営する職業案内サイトのスチルマンの項は、応募資格として「蒸留・醸造または関連分野の学位 」と「化学・物理・数学の知識」を挙げている。職務として並ぶのも、生産に伴う事務面で生産責任者を補佐することや、HMRC(英歳入関税庁)の規則に沿って設備を維持・校正することだ。叩き上げの階段と、学位から入る技術職の入口が、いまは併存している。
叩き上げの側にしても、下の持ち場が「軽い仕事」だったわけではない。『Whisky Magazine』が2014年に掲載した取材記事で、当時バーン・スチュワートのマスターブレンダーだったイアン・マクミランは、マッシュマンについて「かき混ぜ棒(レーキ)の操作を教えるのに数か月かかることがある 」と語っている。手順を覚えさせるだけでなく、なぜそうするのかまで理解させたいからだ、と。アードベッグの蒸溜所マネージャーだったミッキー・ヘッズも、「自動表示パネルがあっても、判断すべきことは依然として多い」と同誌に述べている。
グレンゴイン 10年 Glengoyne 10 Years Old
🏴 スコットランド ・ グレンゴイン蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
同じ記事によれば、取材当時のグレンゴインは専任のマッシュマンを3人 置いていた。糖化槽の洗浄だけで1回あたり2時間半、それを週に3回。スプリングバンクでは、糖化槽を4分の3ほど満たしてからレーキを3回転させ、30分休ませてから麦汁を抜き始める——といった具合に、手順は蒸溜所ごとに違う。だから覚えるのに時間がかかる。
スプリングバンク 10年 Springbank 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ スプリングバンク蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 46%
ここまでは蒸溜所が雇った人たちの話だ。しかしスコッチの蒸溜所には長いあいだ、給料の出どころがまったく違う人物が常駐していた。**酒税官(exciseman)**である。
1823年の酒税法以降、スコットランドの蒸溜所は常駐の酒税官に住居を用意することを義務づけられた。1831年までは「ゲージャー(gauger=量る者)」と呼ばれ、その後は「division officer」などの呼称に変わっている。仕事は、造られた酒の一滴残らずを勘定に載せること。
象徴的なのが鍵だ。蒸留液が流れるガラス張りの箱=スピリッツセーフ には南京錠がかけられ、1983年まで、その鍵は税関・消費税局(Customs and Excise)の担当官が握っていた 。造り手は、自分がいままさに造っている液体に手で触れることができない。熟成庫についても、酒税官は開閉を管理する合鍵を持っていたとされる。
1983年に仕組みが変わり、鍵は蒸溜所のマネージャーが持つようになった。以後、蒸溜所は生産量を自ら申告する形になり(完全な自由裁量ではなく、当局は各地の申告を突き合わせて検証する)、住み込みの酒税官という光景は姿を消した。
(余談だが、冒頭のダラスドゥーが沈黙したのも1983年だ。こちらは需要の低迷と業界全体の在庫過剰に、水源の不安定さという蒸溜所固有の事情が重なった結果で、酒税官の制度変更とは直接の関係はない。ただ、伝統的な職名の一覧と、蒸溜所に住み込む酒税官という光景が、同じ年に別々の理由でひとつずつ消えたことにはなる。)
酒税官と造り手の関係は、密造の時代まで遡ると一層こじれる。グレンリベットが最初に「表」へ出た経緯 も、難破船のウイスキーを追った酒税官の執念 も、この鍵の物語と地続きだ。
酒税官が目を光らせる一方で、蒸溜所の作業員にはタダ酒の権利 があった。「ドラミング(dramming)」と呼ばれる慣習で、先の Scotch Whisky によれば、この語が記録に現れるのは1771年まで遡る。
同メディアが紹介するボウモアの例では、12時間労働の日には朝6時・正午・夕方6時 の3回、ドラムが配られた。蒸溜所によっては1日5杯に達し、ボイラー内の清掃など汚れ仕事への「割増し」を合わせると、1日に1本相当を超えて飲んでいた 作業員も珍しくなかったという。
面白いのは中身で、配られたのは熟成した酒とは限らない。「クレアリック(clearic)」と呼ばれる無色透明のニューメイクが配られることも多く、熟成酒よりそちらを好む作業員が少なくなかった 。
ボウモア 12年 Bowmore 12 Year Old
🏴 スコットランド ・ ボウモア蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
この慣習が消えたきっかけは、業界の内側ではなく外にあった。1967年10月に施行された英国の道路安全法(Road Safety Act)で、法定の血中アルコール濃度の上限と、路上での呼気検査による取り締まりが導入された こと、そして労働安全への意識が高まったことが重なり、ドラミングは業界全体で「月に1〜2本の無料ボトル」へと置き換えられていった。
熟成前の無色透明な酒がどんな味なのかは、ニューメイクを扱った記事 で詳しく書いた。かつての作業員が朝6時に流し込んでいたのは、まさにあの液体だった。
自動化が進んだ現在、これらの職名はどうなったのか。
英国の職業案内サイトの「蒸溜所作業員」の項を見ると、そこにモルトマンやスチルマンといった言葉は出てこない。書かれているのは「製麦・糖化・発酵・蒸留の各工程を監視する 」という、工程をまたいだ包括的な職務内容だ。ひとりが複数の持ち場を見るようになれば、持ち場ごとの名前は自然と使われなくなる。
一方で、専任のマッシュマンを置いていたグレンゴインのように、職名がそのまま生きている現場もある。全工程を敷地内で完結させるスプリングバンクや、大麦畑・製麦場・銅細工師・樽工房まで自社で抱えるバルヴェニー のような蒸溜所では、名前と仕事が今も一対一で対応している。
バルヴェニー 12年 ダブルウッド The Balvenie DoubleWood 12 Year Old
🏴 スコットランド ・ バルヴェニー蒸留所 ・ シングルモルト ・ 12年 ・ 40%
クーパーもまた、名前が残った側の職人だ。伝統的には樽の本数で報酬が決まる出来高払いで働き、仕上がりが悪ければ差し引かれたという。大規模な樽工房では機械化も進んだが、釘も接着剤も使わずに樽を組む手仕事 そのものは、いまだに人の手に残っている。
ついでに言えば、蒸溜所に猫が住んでいた のも、床に大麦を広げるモルトマンの仕事があった時代の話だ。職名が消えるとき、消えるのは呼び名だけではない。
最後に、日本の読者にとって近い話をひとつ。
1918年にスコットランドへ渡った竹鶴政孝は、グラスゴー大学で化学を学びながら、蒸溜所での実習先を探し歩いた。1919年にはエルギンのロングモーン蒸溜所で、翌1920年にはキャンベルタウンのヘーゼルバーン蒸溜所で実習を行っている。
そこで彼が何をしたかというと、専門の職人でさえ嫌がる蒸留釜の内部の掃除を、自ら買って出た と伝えられている。ポットスチルの内側の構造を、どうしても自分の目で見たかったからだ。
見学者としてスチルハウスを眺めるのではなく、いちばん人気のない持ち場に自分から入る。持ち帰った記録は「竹鶴ノート」として残り、日本のウイスキーの出発点になった。
竹鶴 ピュアモルト Taketsuru Pure Malt
🇯🇵 日本 ・ 宮城峡蒸溜所ほか ・ ブレンデッドモルト ・ NAS ・ 43%
ダラスドゥーの記録によれば、伝統的な蒸溜所はマネージャー/ブルワー/モルトマン/マッシュマン/スチルマン/ウェアハウスマン/クーパー の7つの職名、およそ15人で回っていた。
ブルワーはマネージャーに次ぐ二番手で、糖化と発酵を統括した。ビール造りとほぼ同じ工程を踏むことに由来する呼び名だと説明されることが多い。
スチルマンにはマッシュマンやモルトマンを経て就く人が多いとされる一方、現在のSWAの職業案内は蒸留・醸造系の学位を応募資格に挙げている。
1983年まで、スピリッツセーフの鍵を握っていたのは蒸溜所ではなく常駐の酒税官 だった。
作業員には「ドラミング」というタダ酒の慣習があり、1967年の飲酒運転取り締まりの厳格化などを機に、月1〜2本のボトル支給へ置き換わった。
次に蒸溜所見学へ行ったら、工程の説明を聞き終えたあとで、こう尋ねてみてほしい。「ここでは、この持ち場の人を何と呼びますか」。返ってくる答えは、その蒸溜所がどこまで自分の手を動かし続けているかを、パンフレットより正確に教えてくれる。
スプリングバンク 10年 Springbank 10 Year Old
🏴 スコットランド ・ スプリングバンク蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 46%
グレンゴイン 10年 Glengoyne 10 Years Old
🏴 スコットランド ・ グレンゴイン蒸留所 ・ シングルモルト ・ 10年 ・ 40%
ウイスキーの香りは樽と蒸留で決まる、と思われがちだ。だが糖化槽で取り出す麦汁が澄んでいるか濁っているかで、果実味に寄るかナッツ感に寄るかが変わる。見学では素通りされがちな工程を、経験則と最新の実験データから追う。