なぜアメリカでは、大統領が「ウイスキーとは何か」を裁定したのか——前政権の答えを覆した、1909年12月27日の決定
1909年、現職のアメリカ大統領が「ウイスキーとは何か」を自ら裁定した。前政権が出していた答えを覆したこの決定が、いまの「ストレート」と「ブレンデッド」の書き分けを方向づけた。
アメリカのウイスキーの棚には、たいてい二種類の顔がある。「ケンタッキー・ストレート・バーボン」と誇らしげに名乗る一本と、裏のほうに小さく「ブレンデッド・ウイスキー」と書かれた一本。同じ「ウイスキー」という語を使いながら、中身を縛る決まりはまるで違う。
この書き分けの方向を決めたのは、業界団体でも、裁判所でもなかった。現職のアメリカ大統領である。
1909年12月27日、ウィリアム・ハワード・タフトは「純正食品法における『ウイスキー』の語の意味と、内国歳入法上の各種ウイスキーの表示に関する決定」という、そっけない題の文書を公表した。国の元首が、酒の定義を自ら裁定した。しかも、前任の大統領がすでに出していた答えを、事実上ひっくり返す形でである。
なぜそんなことになったのか。話は、蒸留機が一台変わったところから始まる。
「ウイスキー」の中身が、静かに二つに割れた
19世紀のなかば頃まで、アメリカのウイスキーは単式蒸留機で造られていた。穀物を発酵させて蒸留した液体には、香りの元になる成分と、飲みにくさの元になる成分が両方たっぷり残る。角を落とすには、樽に入れて何年も待つしかない。
タフトの決定文は、そこに起きた技術の変化をこう記している。
「その後、1872年頃かその少し後、一度の連続蒸留によって、濾過槽による従来の精留法や、別工程としての再蒸留よりも、いくらかよくフーゼル油を除いて酒を清澄にできる特許蒸留機が使われるようになった。この連続蒸留の産物が、当時も現在も『ニュートラルスピリッツ』と呼ばれるもので、その度数は160から188プルーフに及んだ」
注意して読みたいのは、これが「連続式蒸留が発明された年」の話ではないことだ。決定文自身が「従来の精留法より」と比較しているとおり、酒を精留して整える商売はそれ以前からあった。決定文がここで記録しているのは、ほとんど癖のないスピリッツへ、より簡便に届くようになったという段階である。連続式蒸留がなぜ軽くクリーンな酒を生むのかは、なぜグレーンウイスキーはこれほど軽やかでクリーンなのか——連続式蒸留の秘密にまとめてある。
(なお、ここでいう「ニュートラルスピリッツ」は度数にして80〜94%にあたる。190プルーフ以上と定める現行の連邦規則の定義とは範囲が違うので、後段に出てくる同じ語と混ぜないでおきたい。)
癖がないということは、樽で何年も待つ必要がないということでもある。ここで「レクティファイア(rectifier/精留業者)」と呼ばれる商売が力を持つ。自ら精留し、あるいはニュートラルスピリッツを仕入れて、色と香りを足して「ウイスキー」として売る。少量の熟成原酒を混ぜて本物らしさを補うこともあれば、そうでないこともあった。
琥珀色をそれらしく見せるために、ヨウ素やタバコといった物質まで使われたと語り伝えられている。真偽の程度はさておき、確かなのは、買う側に瓶の中身が何年樽で寝た酒なのか、昨日調合されたものなのかを見分ける手立てがなかったことだ。
そして、これは市場の隅で起きた小事件ではなかった。決定文は、ニュートラルスピリッツから造られたウイスキーが**「いまも、そして過去30年にわたり、売られているウイスキー全体のおそらく75パーセントを占めてきた」**と書いている。多数派は、むしろこちら側だったのである。
1897年、政府が「保証人」になった
まっとうに樽で寝かせていた造り手にとって、これは商売の土台を掘り崩される話だった。四年待った酒と、昨日調合された酒が、同じ名前で並んでしまう。
そこで動いたのが、オールドテイラーの名で知られるエドマンド・ヘインズ・テイラー・ジュニア大佐を中心とする蒸留業者たちだった。彼らは当時の財務長官ジョン・G・カーライルと組み、1897年3月3日、通称「ボトルド・イン・ボンド法」を成立させる。
ひとつの蒸留所で、ひとりの造り手が、ひとつの蒸留期に造った酒であること。政府監督下の保税倉庫で4年以上熟成させること。ちょうど100プルーフ(50%)で瓶詰めすること。要するに、政府がその酒の素性の保証人になるという仕組みである。個々の条件がいま何を意味するかはバーボンのラベルの言葉は何を保証しているのかに、100プルーフという数字の由来はなぜアメリカのウイスキーは度数を「プルーフ」で表すのかに譲る。
法の年をそのまま名に負った現代のボトルもある。
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