意外に思われるかもしれないが、この二本は対等なライバルというより、片方がもう片方を支えてきた関係にある。
サントリーは知多の公式サイトで、知多蒸溜所についてこう書いている。「知多蒸溜所」では、世界中から高い評価を集める「響」や「角瓶」、「オールド」などに不可欠なグレーン原酒をつくり続けてきた、と。
つまり、角瓶の味を下支えしてきたグレーン原酒の造り手が、知多蒸溜所である。そしてその蒸溜所のグレーン原酒だけを集めて一本に仕立てたのが、シングルグレーンウイスキー「知多」だ。
角瓶の側の説明も見ておこう。サントリーは角瓶の製品ページで「山崎と白州蒸溜所のバーボン樽原酒をバランスよく配合し、甘やかな香りと厚みのあるコク、ドライな後口が特長」と説明している。ここで名指しされているのはモルト原酒だけで、グレーンの配合比や内訳は公開されていない。
だから、「角瓶の中身は知多だ」と言い切ることはできない。ブレンドの全容は非公開だからだ。言えるのは、メーカー自身が「知多蒸溜所のグレーン原酒は角瓶に不可欠だ」と書いている、というところまでである。
それでも、この関係を知っておくと二本の距離感が変わる。知多を買うというのは、角瓶より格上の酒に乗り換えることではない。角瓶という完成品を長く支えてきた蒸溜所の酒を、単体で味わってみるということだ。
区分の話を整理しておく。
角瓶はブレンデッドウイスキー。モルト原酒(大麦麦芽を発酵させ、単式蒸溜器で蒸溜したもの)とグレーン原酒(トウモロコシなどを発酵させ、連続式蒸溜機で蒸溜したもの)を組み合わせて造る。山崎・白州のモルトが香りと厚みを担い、グレーンが全体をなめらかにつなぐ。
知多はシングルグレーンウイスキー。ここでの「シングル」は、穀物が一種類という意味でも、樽が一つという意味でもない。単一の蒸溜所で造られたグレーンウイスキーという意味だ。
グレーンだけで一本にすると、ふつうは単調になりやすい。連続式蒸溜は雑味のもとになる成分まで削ぎ落として軽やかな酒質を生むため、モルトのような複雑さが出にくいからである。
知多がそれをどう乗り越えたか。サントリーの説明によれば、知多蒸溜所では連続式蒸溜機によってクリーン・ミディアム・ヘビーという3タイプのグレーン原酒を造り分けている。さらに熟成にも、ホワイトオーク樽(バニラのような甘い香味)、スパニッシュオーク樽(甘くてフルーティ、濃厚で複雑)、ワイン樽(苺のように甘い香り)と複数の樽を使う。
つまり知多は、一つの蒸溜所の中に、蒸溜と樽の二段構えで複数の引き出しを持っている。だから単一蒸溜所のグレーンだけでも、一本として組み上がる。この造りの詳しい経緯は知多が「裏方」から主役になるまでを追った記事にまとめた。
値段の差については、想像に頼らなくてもいい。サントリー自身が、この二本を別のカテゴリーとして値上げしているからである。
角瓶の現在の価格が決まったのは、2023年7月1日出荷分からの改定だ。リリースのタイトルは「国産ウイスキー 一部商品の価格改定について」。対象は角瓶・オールド・スペシャルリザーブ・ローヤルの4ブランドで、角瓶700mlは1,590円から1,910円(税別・20%増)になった。
一方、知多の現在の価格が決まったのは、2024年4月1日出荷分からの改定である。こちらのリリースのタイトルは「国産プレミアムウイスキー 一部商品の価格改定について」。同じ表に並んでいたのは、響30年、響 JAPANESE HARMONY、山崎、白州、そして碧Ao。知多700mlは4,000円から6,000円(税別・50%増)になった。
念のために付け加えると、知多はその2年前、2022年4月1日出荷分から3,800円→4,000円(5%増)という小幅な改定を受けている。穏やかだった値上げが、2024年に一気に50%へ跳ねたという経緯だ。
この二つのリリースを並べると、構図がはっきりする。
- 角瓶が入っているのは、日常の棚のグループ(角瓶1,910円/オールド2,250円/スペシャルリザーブ3,000円/ローヤル3,900円・いずれも税別)
- 知多が入っているのは、プレミアムの棚のグループ(響・山崎・白州と同じ発表)
しかも希望小売価格で見ると、知多6,000円はローヤル3,900円より上で、SUNTORY WORLD WHISKY「碧Ao」の6,000円と同額だ。角瓶の一段上には、まろやかなコクで長く親しまれてきた「オールド」がいるが、知多はそのさらに三段上——スペシャルリザーブもローヤルも越えた位置に置かれている(サントリーの価格帯全体の並びはこちらの記事で整理した)。
つまり「3倍の差は何の差か」への答えは、まずこうなる。サントリーは知多を、角瓶の少し上ではなく、自社のプレミアム帯に置いている。 中身の区分の違いだけで3倍が説明できるわけではない。
ではなぜプレミアム帯なのか。ウイスキーは仕込みから出荷まで十年単位の時間がかかる酒で、近年ジャパニーズウイスキーの値段が上がり続けてきた背景には、需要に対して熟成した原酒が足りないという事情がある。知多の50%という改定率は、その圧力が響・山崎・白州と同じ枠でかかったことを示している。
ちなみにサントリーは2026年4月1日出荷分からもウイスキーの価格改定を実施しているが、対象は「響」「山崎」「白州」で、角瓶と知多は据え置かれた。ここに挙げた価格は2026年8月時点のものである。
スペックも押さえておく。角瓶は40%、知多は43%だ。
ボトルで比べると3ポイントの差がある。ただしハイボールにすると、この差はほとんど残らない。ウイスキー1に対してソーダ3で割れば角瓶10%、知多10.75%で、開きは0.75ポイント。1対4なら8%と8.6%で0.6ポイントだ。1杯の強さとしては、ほぼ誤差と言っていい。
ここで混同しやすいのが、「度数が高い=味が濃い」ではないという点である。知多は43%ありながら、公式が「軽やかな味わいとほのかに甘い香り」と説明するとおり、口当たりはあくまで穏やか。逆に40%の角瓶のほうが、モルト由来の厚みとドライな後口をはっきり感じる。度数と体感の濃さは別物なのだ。
差はほぼ無いに等しいが、それでも数字まできっちり揃えたいという人のために書いておくと、1対3で作るとき知多だけソーダを1割増し(90ml→99ml)にすれば度数は一致する。ただしそれは数字の話で、飲みごたえまで揃うわけではない。
値段の差を、実際に飲む単位に直してみる。
700mlをシングル30mlで数えると、およそ23杯(小数まで出せば23.3杯分)。これを税込の希望小売価格(角瓶2,101円/知多6,600円)で割ると、こうなる。なお以下はあくまで希望小売価格から計算した目安で、実売価格ではない。
- 角瓶:1杯あたり約90円
- 知多:1杯あたり約283円
差は1杯あたり約190円。毎晩1杯なら月におよそ5,700円、2杯なら1万1,000円強の開きになる(1本で何杯飲めるかの詳しい数え方はこちら)。
この数字をどう見るかが、選択の分かれ目だ。1杯190円の上乗せを「毎晩の習慣」に払うのはかなり重い。一方、「週末だけの一杯」や「食事を選んで合わせる一杯」なら、十分に現実的な差でもある。知多は、毎日の酒として角瓶と入れ替えるより、角瓶を続けたまま別枠で持つほうが無理がない。
なお知多には350ml(希望小売価格3,000円・税別)もある。約3年ぶりに再発売されたのは2026年3月17日だ。700mlのちょうど半額なので容量あたりの単価は下がらないが、最初に出ていくお金は半分で済む。いきなりフルボトルを開けるのが不安なら、こちらから試すという手がある。
味の性格が違う以上、「どちらが上か」ではなく「今日は何を食べるか」で選ぶのが正解に近い。
角瓶を選びたいとき——揚げ物、焼き鳥のタレ、餃子、味の濃い中華。角瓶の厚みのあるコクとドライな後口は、脂と塩に負けない。キンキンに冷やして強めの炭酸で割り、レモンを搾る飲み方がいちばん似合う。この一本が90年近く日本の定番であり続けた理由や、同じ価格帯のトリスとの違いは別記事にまとめた。
知多を選びたいとき——刺身、白身の煮付け、出汁の効いた椀もの、天ぷらを塩で。サントリーが「風香るハイボール」と名づけ、「和素材との相性がよい」と打ち出しているとおり、知多の持ち味は主張の強さではなく余白の心地よさにある。逆に言えば、味の濃い料理と合わせると、知多のいちばんの取り柄である香りの繊細さは埋もれやすい。ここに3倍を払うなら、合わせる料理まで含めて選ぶべきだ。
もう一つ。知多のような軽やかなグレーンが好みだと分かったなら、次に比べる相手は角瓶ではなく他社のグレーンになる。ニッカのカフェグレーンは、1960年代に導入された旧式の連続式蒸溜機「カフェスチル」で蒸溜するぶん、原料由来の甘みが濃く残る。度数も45%とさらに高く、同じ「グレーン単体」でもまったく違う表情を見せる一本だ。