なぜアイラの蒸溜所は、ライバルの工場から麦芽を買い続けたのか——1987年に競合が守った製麦所と、いま絞られつつある蛇口
ラフロイグもアードベッグもキルホーマンも、煙の元になる麦芽の多くを島の同じ一棟から受け取ってきた。閉鎖の危機にあった製麦所を競合どうしが買い支えた1987年の協定と、その仕組みがいま書き換えられつつある話。
ラフロイグは「正露丸」と言われ、アードベッグは煤の塊のようだと言われ、キルホーマンは若々しい。同じアイラ島の、車で1時間とかからない距離にある蒸溜所どうしなのに、煙の出方はまるで違う。
その違いは、どこで生まれているのだろう。
多くの人は蒸溜所ごとの秘伝を想像する。それぞれが自分の土地でピートを掘り、自分のキルンで焚いている——という絵だ。ところが実際には、島の煙のかなりの部分が、長く同じ一棟の建物から出荷されてきた。しかもその建物を持っているのは、島の蒸溜所の一部を所有する競合企業である。
島の南岸に建つ、一棟の製麦所
その建物は、島の南岸の港町ポートエレンにある。ポートエレン製麦所。1973年、古い蒸溜所の建屋を圧するようにして、隣にドラム式の製麦設備が建てられた。当初の目的は、当時のDCL——現在のディアジオ——がアイラに持っていた3つの拠点、カリラ、ラガヴーリン、そしてポートエレンへ麦芽を供給することだった。
いまもディアジオが所有している。大麦を水に浸し、発芽させ、キルンで乾かす。ピートを焚く仕様であれば、この乾燥の段階で煙をくぐらせる——製麦と呼ばれるこの一連を、島の多くの蒸溜所は長らくこの一棟に委ねてきた。
注文書に書かれていたのは、ppmの数字
不思議なのは、同じ工場から出るのに、届く麦芽が蒸溜所ごとに違っていたことだ。
ピートを焚く時間と煙の当て方を変えれば、麦芽に残るフェノールの量は変えられる。だから製麦所は、蒸溜所ごとの仕様に合わせて焚き分けてきた。ノンピートから重ピートまで、島とジュラの8軒ぶんの注文に応える必要があったからだ。語られている数字を並べると、ラガヴーリンとカリラは35ppm前後、アードベッグは50〜55ppm、アードナホーは40ppm、キルホーマンが仕入れてきた分は50ppmといったところだ。ただしこれらは各社が公式に一覧で公表しているものではなく、取材ベースで流通している値である。
つまり蒸溜所の「煙の濃さ」は、かなりの部分が発注仕様として決まっていた。仕上がった麦芽は分析にかけられ、狙った範囲に入っていれば、その蒸溜所へ送られる。
ここで一つ断っておくと、このppmは麦芽の段階の数値であって、グラスの中の煙の強さではない。数字の多くは蒸溜までに失われる。詳しくはppm(フェノール値)とはにまとめた。

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