なぜ映画の名場面には、ウイスキーが置かれているのか——響17年、ボンドのマッカラン、そして実在した「幻の蒸溜所」
映画に映ったウイスキーは、そこで終わらずに現実の棚と結びつく。『ロスト・イン・トランスレーション』の響17年、シルヴァが差し出す1962年のマッカラン、そして実在した幻の蒸溜所モルトミル——三つの実話から、この酒が持つ引力を考える。
映画の登場人物が酒を飲む場面は数えきれないほどある。けれど、脚本が「ここで人生が変わる」と決めた一瞬に置かれるのは、なぜかウイスキーであることが多い。ビールでもワインでもなく、琥珀色の液体が入った短いグラスだ。
しかも面白いことに、スクリーンに映った一本は、そこで終わらずに現実の棚と結びついてしまう。もう買えなくなった一本を記録し、作品の年齢とラベルの年号を重ね、ときには半世紀ぶりに「幻」を表へ引き出す。
映画とウイスキーのあいだで実際に起きた三つの出来事を追いながら、この酒が持つ妙な引力について考えてみたい。
「サントリータイム」——映画が記録した、まだ買えた時代
2003年の『ロスト・イン・トランスレーション』(ソフィア・コッポラ監督)で、ビル・マーレイ演じる落ち目の映画俳優ボブ・ハリスは、ウイスキーのCM撮影のために東京へ来る。日本人監督の長い演出が通訳の口で一言に縮められ、彼が困惑する——あの噛み合わなさの場面だ。決め台詞は「For relaxing times, make it Suntory time.(くつろぎの時間には、サントリータイムを)」。
彼が手にしていたのはサントリーの響17年である。
その15年後、2018年5月。サントリーは白州12年とともに、この響17年の販売休止を発表した。理由は原酒不足だった。17年を名乗る酒は、17年以上前に樽詰めされた原酒からしか生まれない。1990年代から2000年代初頭の日本のウイスキーは、いまのような世界的人気を前提に樽を積んではいなかったのである。
つまり、ボブ・ハリスがカメラの前でグラスを掲げていたあの一本は、いま定価では手に入らない。映画が記録したのは酒そのものだけでなく、その酒が普通に買えた時間でもあった。年数表記のボトルが次々と姿を消していった経緯は、ジャパニーズウイスキーが「買えない酒」になった事情やラベルから「12年」が消えていく理由にまとめている。
いま響で気軽に手が届くのは、年数表記のないジャパニーズハーモニーだ。17年の代わりにはならないが、あの映画が背景に置いていた「日本のブレンデッドの気配」は十分に残っている。

1962年のマッカラン——台詞の「50年」が指していたもの
2012年の『007 スカイフォール』。廃墟の島で、ハビエル・バルデム演じる悪役シルヴァが「50年もののマッカラン、君のお気に入りだそうだね」とグラスを差し出す。直後に何が起きるかを思えば、あれは酒ではなく脅しの小道具である。
このコラムの関連
関連するボトル

次に読む

なぜサントリーは約1.6兆円でジムビームを買ったのか——キリンとの統合破談から4年、「洋酒で世界へ」の賭け
2014年、サントリーは米ビーム社を負債込み約160億ドルで買収した。縮む国内市場、キリンとの統合破談、以前からの販売提携、伸びるウイスキー。発表資料と当時の報道から、日本の会社がバーボンの雄を買った理由をたどる。

なぜベンリアックは、スペイサイドなのにピートを焚くのか——65年眠った蒸溜所と、ブレンドの裏方だった「煙」
華やかなスペイサイドで、毎年「煙の季節」を設けるベンリアック。ピート蒸溜はいつ、なぜ始まったのか。公式年表と資料の食い違いを整理し、本土の泥炭が生む甘い煙と、オリジナル・テン/スモーキー・テンの飲み比べ方まで案内する。








