ウイスキーは和食に合うのか——刺身が生臭くならない理屈と、寿司・天ぷら・焼き鳥の合わせ方
「魚には白ワイン」と言われるのに、居酒屋では刺身の隣にハイボールが置かれている。魚と酒の生臭さの原因が鉄と亜硫酸だと突き止めた二つの研究と、ウイスキーの鉄がワインより一桁近く低いという実測値から、和食との相性を読み解く。献立ごとの合わせ方まで。
「魚には白ワイン」とよく言われる。ではなぜ日本の居酒屋では、刺身の皿の隣にハイボールのジョッキが平気で置かれているのだろう。ワインの世界では長いあいだ、魚と酒の相性は繊細な問題として扱われてきたはずだ。
結論から書くと、和食とウイスキーの相性は悪くない。しかも「日本人が飲み慣れているから」という話ではない。魚と酒が喧嘩する原因が何なのかが分かってきた結果として、少なくともその原因に関するかぎり、ウイスキーは有利な側にいる。ただし、グラスにそのまま注げばいいわけでもない。理由と、献立ごとの合わせ方を順に整理する。
「魚に合わない酒」の正体は、渋みではなく鉄だった
長いあいだ、赤ワインが魚と合わないのはタンニン(渋み)のせいだと言われてきた。この通説をひっくり返したのが、メルシャンの商品開発研究所(現・キリンのワイン技術研究所)に在籍した田村隆幸らの研究だ。
2009年に『Journal of Agricultural and Food Chemistry』へ発表された論文で、研究チームは赤38種・白26種、計64種のワインを、ホタテの干物と一緒に口に運ぶ官能評価にかけた。生臭さの強さとはっきり相関したのは、タンニンではなく、ワインに含まれる鉄の量——とりわけ二価鉄イオンの量だった。
決め手は二つの操作だ。鉄を含まないモデルワインに二価鉄を加えると生臭さが強まり、逆に実際の赤ワインからキレート剤で鉄を封じると生臭さは抑えられた。生じていたのはヘキサナールや (E,Z)-2,4-ヘプタジエナールといった揮発成分で、その生成量は加えた二価鉄の量に応じて増えた。キリンの解説によれば、二価鉄イオンが魚介の脂質の酸化を促し、その結果として魚の傷んだにおいを思わせる成分が生まれる。口の中で、酒が魚を酸化させていたわけだ。
なお、キリンの解説によれば、この一連の官能評価は社員7〜8名が5段階で評価するというもので、大規模な試験ではない。それでも、鉄を足す・封じるという操作で生臭さが動いた事実は重い。
こうした知見から、和食に合わせやすいワインとして、統計的に鉄が少ないとされる甲州が挙げられている。「白なら安全、赤なら危険」という色の話ではなく、鉄が少ないか多いかが線を引いていた。
もう一つの犯人は、亜硫酸だった
話には続きがある。翌2010年、同じ学術誌に別の研究グループ——日本の国立の酒類研究機関である酒類総合研究所(東広島)のチーム——の論文が載った。今度は白ワインと日本酒を、スルメ(乾燥イカ)と合わせて比べたものだ。
結果は、白ワインのほうがはっきり不快な味と魚臭を生んだ。原因として名指しされたのは、ワインの酸化防止剤として使われる亜硫酸である。DHA(不飽和脂肪酸)を加えた飲料に亜硫酸を足すと、苦味と魚臭のするアルデヒドが増えた——そしてそれは、亜硫酸を含まない日本酒では起きなかった。
つまり、魚と酒のあいだには少なくとも二つの経路がある。鉄と、亜硫酸。そしてウイスキーは、そのどちらにも乏しい。鉄は少なく(次の節で数字を見る)、亜硫酸に至ってはまず入らない。ウイスキーに酸化防止剤を加える慣行がそもそもないからで、スコッチの場合は法令もそれを裏書きしている。英国のスコッチ・ウイスキー規則2009は、スコッチに加えてよいものを「水」「プレーンカラメル色素」またはその両方だけと定めている(第3条(1)(h))。添加物としては、入りようがない。
ウイスキーの鉄は、ワインより一桁近く低い
では鉄のほうはどうか。数字で見てみる。
2022年に学術誌『Foods』へ載った研究が、11か国・170本のウイスキーの金属元素を測っている(鉄はICP-OESによる測定)。鉄の平均は166.6 µg/L、中央値は88.03 µg/L だった。
比べる相手として、同じ『Foods』に2023年に載ったワインの分析を並べてみる。ポーランド産の市販ワイン53本(白31・赤22)を測ったもので、鉄の平均は白ワインが1.784 mg/L、赤ワインが1.329 mg/L。単位をそろえれば1,300〜1,800 µg/Lだ。
平均どうしで並べると、ウイスキーの鉄はワインのおよそ8分の1から11分の1。一桁近い差がある。ただし、ばらつきは小さくない。ウイスキー170本のうち最も鉄の多い一本は1,485 µg/L で、これは赤ワインの平均を上回っている。産地も本数も測り方も違う二つの研究を突き合わせただけなので、厳密な比較ではないことも書き添えておく。
それでも傾向の理由ははっきりしている。ウイスキーは蒸留した液体だ。原料や仕込み水に含まれる金属の大半は、気体にならずに釜へ置き去りにされる。例外は銅で、これは蒸留器そのものから溶け出して酒に移る。同じ研究でも、銅はシングルモルトで鉄の数倍が検出されている。ただし生臭さの原因として特定されたのは、その銅ではなく鉄のほうだった。
そのうえ、日本の食卓で飲まれるウイスキーの多くはハイボールか水割りである。割り水や炭酸水に鉄が含まれていなければ、1対4で割った時点で鉄の濃度も単純計算で5分の1になる。
ただし、正直に書いておきたい。ウイスキーと刺身の組み合わせを直接調べた研究は、探した範囲では見当たらなかった。しかも、ここまで挙げた実験の試料はホタテの干物とスルメ——いずれも乾物で、脂質の酸化が進みやすい素材である。生の白身の刺身で同じ強さの現象が起きるかどうかは、原典では確かめられていない。
ここまでの話は「生臭さの原因は鉄と亜硫酸だと分かっている」「ウイスキーはそのどちらも少ない」という事実を突き合わせた推論であって、実験で確かめられた結論ではない。刺身にウイスキーが合うと感じるとき、その理由の一部を説明できる、という程度に受け取ってほしい。
本当の壁は、鉄ではなく度数のほうにある
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