なぜ「スコッチとは何か」を守るのは英国政府ではないのか——法令が名指しで差止めを託した、生産量97%を代表する一つの民間団体
スコッチの定義は英国の法令にある。だが条文が差止めを申し立てられる者として固有名詞で名指ししているのは、役所ではなく一つの民間団体だ。生産量の97%を代表するその協会は、国境の外でも各国の法廷に立ち続けている。
棚に並ぶ一本のラベルに「Scotch Whisky」と刷られている。この言葉は法律で守られている——ウイスキーを少し知る人なら、そう聞いたことがあるはずだ。実際そのとおりで、英国には条文がある。
では、その条文を破った酒を止めているのは誰なのか。
スコットランド・ヤードでもなければ、ウイスキー専門の取締官でもない。英国国内で動くのは、表示や取引の公正さを見張る自治体の職員だ。そしてもっと意外なのは、その規則が、差止めを申し立てられる者として一つの民間団体の名前を固有名詞で書き込んでいることである。
条文はある。動くのは、表示を見張る自治体の職員
スコッチの定義は、2009年スコッチウイスキー規則(The Scotch Whisky Regulations 2009)という英国の法令にある。スコットランドの蒸溜所で糖化・発酵・蒸留を行い、スコットランド国内で熟成させること、容量700リットル以下のオーク樽で3年以上寝かせること、瓶詰め時に40%以上であること。五つのカテゴリーの区分も、この規則が定めている。
問題は、その先だ。誰が守らせるのか。規則の第16条は、拍子抜けするほど短い。
(1) Each food authority must enforce the provisions of these Regulations within its area. (2) Each port health authority must enforce the provisions of these Regulations within its district. ((1) 各食品当局は、その区域内において本規則の規定を執行しなければならない。(2) 各港湾衛生当局は、その管轄区域内において本規則の規定を執行しなければならない)
条文の名宛人は「食品当局」だが、実際に執行にあたる担当をもっと具体的に書いた文書がある。ただしそれは政府の文書ではない。スコッチウイスキー協会が生産者・瓶詰業者向けに出している手引きが、国内での販売についてはトレーディング・スタンダード(取引基準)の担当官、輸出や再輸入については港湾衛生当局が動く、と書き分けているのだ。前者は日本でいえば、表示の適正や計量、消費者保護を担当する自治体の部署にあたる。
つまり、取り締まるためのスコッチ専門の官庁は出てこない。産地表示の偽装や量目のごまかしを取り締まるのと同じ棚に、スコッチウイスキーの条文も並んでいる。パブの一杯の量を縛る法律が度量衡法の系譜にあるのと同じで、この国の酒の規制は、専用の役所を作らず既存の行政の網に載せる形で組み立てられている。
政府が握る装置は、もう一つある。英国歳入関税庁(HMRC)が運営する蒸留酒検証制度だ。発酵・蒸留・熟成・ブレンド・瓶詰め(およびラベリング)の五工程について、生産者はあらかじめ検証を受けなければならない。検証を受けていない、あるいは資格を失った製品は「スコッチウイスキーとして合法的に販売できない」と、政府の手引きは明記している。
行政の側は、こうしてきちんと機能している。ただし、その網の目を実務向けに噛み砕いて解説しているのが業界団体だという一点に、この先の話の輪郭が既に覗いている。
規則は、一つの民間団体の名前を書き込んでいる
ここまでは行政の話だ。ところが同じ規則の末尾近く、第40条「Civil remedy(民事救済)」を開くと、少し驚く。
規則の主要な違反に対して、裁判所へ差止め(スコットランドでは interdict、イングランド・ウェールズ・北アイルランドでは injunction)を申し立てられる者が列挙されているのだが、その顔ぶれがこうなっている。
(a) any distiller or blender of Scotch Whisky; (b) the owner of a brand of Scotch Whisky; (c) The Scotch Whisky Association; or (d) any other person appearing to the court to be representative of a group of persons who are distillers or blenders of Scotch Whisky or owners of brands... ((a) スコッチウイスキーの蒸溜者またはブレンダー、(b) スコッチウイスキーのブランドの所有者、(c) スコッチウイスキー協会、(d) スコッチウイスキーの蒸溜者・ブレンダーやブランド所有者の集団を代表すると裁判所が認めるその他の者……)
(a)(b)(d)は「どういう立場の者か」という一般的な書き方なのに、(c)だけが固有名詞である。しかもこれは昔からの決まり文句ではない。前身にあたる1988年スコッチウイスキー法の下では、差止めを求められる者は「スコッチウイスキーを製造する事業を営む者」または「そうした者の集団を代表すると裁判所が認める者もしくは団体」と一般的に書かれているだけで、特定の団体名は出てこなかった。名指しは2009年の規則で新しく入ったのだ。
英国の法令が、特定の民間団体に、裁判所へ差止めを求める資格をわざわざ名前つきで与えている。政府が作ったルールを守らせる側として、業界団体が条文の中に居場所を持っているということだ。
このコラムの関連
関連するボトル


次に読む

週70時間のバーボン工場と、12人のエンジニア——ウイスキーの現場で争われている「時間」
スコッチとバーボンの現場では、この10年ストライキがくり返されてきた。争われているのは賃上げだけではない。残業、シフト、そして「休暇1日=7時間12分」という計算式だ。

なぜスコッチの蒸溜所は、1回の蒸溜を3分で終えたのか——酒ではなく「スチルの容量」に税をかけた法律
18世紀の末から19世紀の初め、ローランドには1回の蒸溜を3分で終えた蒸溜所があった。税額が造った酒の量ではなく「スチルの容量」で決まったため、造り手は浅く広い皿のようなスチルを回し続けた。制度が酒の形を変えた記録。




