いずれも、探せば手が届く。ここまでは何の問題もない。
問題はブレンデッドグレーンである。
言葉の意味はいたって単純だ。二か所以上の蒸溜所のグレーンウイスキーを混ぜたもの。ブレンデッドモルトのグレーン版、それだけのことである。
にもかかわらず、これが売られているのを見た記憶のある人は、愛好家であっても少ないはずだ。
数字を出しておこう。Malt Noteのデータベースに載っているボトルのうち、スコットランドの蒸溜所のものに絞って区分ごとに数えると、シングルモルトが706本、ブレンデッドが111本。対してブレンデッドモルトは10本、シングルグレーンは9本、ブレンデッドグレーンは3本である。
同じ偏りは、他所のデータベースにも出る。英国の銘柄事典サイト「スコッチウイスキードットコム」で区分ごとの登録数を見ると、シングルモルト426に対し、ブレンデッドモルトは71。そしてブレンデッドグレーンは、5である。
つまり「ブレンデッドグレーンだけが特別に不遇」なのではない。グレーンを主役に据えた商品そのものが、モルト系に比べて桁違いに少ない。そのうえで、複数の蒸溜所を混ぜた区分だけが、さらにもう一段下に沈んでいる。
なぜそうなるのか。いちばん大きいのは、混ぜる相手が少ないという単純な事情だ。
ブレンデッドグレーンを名乗るには、二つ以上の蒸溜所のグレーンが要る。ではスコットランドにグレーン蒸溜所はいくつあるか。キャメロンブリッジ、ガーバン、ノースブリティッシュ、インバーゴードン、ストラスクライド、スターロー——ここに、モルトもグレーンも造るロッホローモンドを数えるかどうかで、六か所か七か所になる。稼働中のスコッチ蒸溜所が154か所(2026年5月時点、スコッチウイスキー協会)あることを思えば、極端に少ない。
モルト側なら、選べる蒸溜所は百を超える。ピートの効いた島の一本に、シェリー樽のスペイサイドを合わせる——といった設計が成り立つ。だがグレーン側では、相手が両手で足りてしまう。
もう一つ、性格の問題もある。グレーンウイスキーは連続式蒸溜器で高い度数まで蒸溜されるため、原料由来の癖が削られ、軽くクリーンな酒に仕上がる(→なぜグレーンウイスキーはこれほど軽やかでクリーンなのか)。個性を削ぎ落とすのが仕事の酒なのだから、蒸溜所ごとの差も、モルトほど大きくは開かない。混ぜて何かが起きる幅が、はじめから狭いのだ。
そこへ、売り文句の問題が重なる。単一蒸溜所のグレーンなら「キャメロンブリッグ」とラベルに書けるが、複数を混ぜた瞬間、その名前は使えなくなる。軽い酒質で、蒸溜所名も名乗れない。棚に置いたとき、何を語るかが難しい。
まったくの空席ではない。当サイトに載る三本のうち、いちばん知られているのがこれだ。
コンパス・ボックスの「ヘドニズム」。同社が2000年に世に出した最初のウイスキーで、以来この造り手の看板であり続けている。自前の蒸溜所を持たず、他社の原酒を買って組み上げる流儀の会社が、最初の一本に、のちにブレンデッドグレーンと呼ばれることになるいちばん売りにくい組み合わせを選んだことになる(同社が当時の規則との折り合いでつまずいた顛末はスパイスツリーが「禁止」された話にある)。
変わり種もあった。フェイマスグラウスの造り手エドリントンが2008年に出した「スノーグラウス」は、冷凍庫から出してそのまま飲むことを提案した一本で、免税店を中心に流通した。グレーンの軽さを欠点ではなく設計の前提として扱っている。
この区分に手を出すには、造り手のほうで理由を用意しなければならない。ヘドニズムは「グレーンだけで、これだけ豊かな酒になる」という主張のために。スノーグラウスは「凍らせて飲む」という飲み方のために。売れ筋を追った結果ではなく、言いたいことが先にあった二本である。
ここが最後の疑問になる。ほとんど商品のない区分を、法律はなぜわざわざ定義したのか。
手がかりは同じ規則の第8条にある。この条文は、スコッチウイスキーの区分を容器の前面に表示しなければならないと定めている。しかも、はっきり読めるように、かつ他の説明書きに負けない大きさで、という条件つきだ。名乗ってもよい、ではなく、名乗らなければならない。
義務にする以上、抜けがあっては困る。どんな組み合わせのスコッチにも、必ず当てはまる名前が一つ用意されている必要がある。そう考えると、五つのうち一つが市場の実勢とかけ離れていることも腑に落ちる。ブレンデッドグレーンの席は、売るためというより、名前のない酒を生まないために置かれたのだろう。
この網羅性には前史もある。2009年より前、複数の蒸溜所のモルトを合わせた酒は「ヴァテッドモルト」とも「ピュアモルト」とも呼ばれ、呼び名が定まっていなかった。2003年には、単一蒸溜所の銘柄として知られていたカーデュが、ブランド名とラベルはそのままに中身を複数蒸溜所のモルトへ替え、「ピュアモルト」として売り出して業界を巻き込む騒動になる。商品は2004年に撤回され、この一件は法律そのものを動かすことになった(詳しくはなぜカーデュは、密造の丘からジョニーウォーカーの「故郷」になったのかに書いた)。
現在の五つの表に「ピュアモルト」も「ヴァテッドモルト」も入っていないのは、その帰結である。
もっとも、この規則が縛るのはスコッチウイスキーだ。日本で造られるウイスキーには及ばない。竹鶴が今日も堂々と「ピュアモルト」と名乗っていられるのは、スコッチ規則の対象外であり、日本側の自主基準もこの表記を制限していないからである。
ラベルの言葉は、中身だけでなく、その酒がどの国の法律の下で生まれたかも映している。
- スコッチには法律上五つの区分があり、どれか一つを容器の前面に表示する義務がある
- 四つは手に入るが、ブレンデッドグレーンだけはほとんど出回らない(当サイト掲載のスコッチでは三本)
- 背景には、グレーン蒸溜所が六か所か七か所しかなく、酒質の個性差も小さいため、混ぜる意味を立てにくいという事情がある
- それでもヘドニズムやスノーグラウスのように、造り手が理由を持って選んだ一本はある
- 空いている席は、売るためではなく「名前のない酒を作らない」ために用意されたと考えると腑に落ちる
次にスコッチを手に取ったら、ボトルの前面を眺めてみてほしい。そこには必ず、五つのうちのどれかが書かれている。書かれていること自体が、法律の仕事の跡である。