グレーンウイスキーでも同じ解き方が採られている。ウイスキー評論家のデイヴ・ブルームは2016年の記事で、サントリーの知多蒸溜所が使う塔の本数を四本・三本・二本と変えることで、軽い・中くらい・重いという3種類のグレーン原酒を造り分けていると書いている。ニッカにいたっては、酵母と取り出す度数を変えながら5種類を造り分けているという(→なぜ知多は、ブレンドの「裏方」から主役になれたのか)。
同じ記事でブルームは、スコッチの側をこう要約している。生産者は原酒を交換し合い、蒸溜所ごとに違うスタイルを造るから、多様性は一つの工場の中ではなく業界全体に組み込まれる、と。**業界全体で幅を作るか、一社の中で作るか。**分かれ目はそこにあった。
スコットランドにも、ひとつの蒸溜所で10種類以上を造り分ける変わり種はいる(→なぜロッホローモンドは、ひとつの蒸留所で10種類以上の原酒を造り分けられるのか)。ただしあちらでは例外的な存在で、日本の大手ではそれが標準だった。
前提が動いたのは、大手ではなく小さな蒸溜所の側からだった。
2015年4月、秩父蒸溜所(ベンチャーウイスキー)とマルス信州蒸溜所(本坊酒造。2024年からマルス駒ヶ岳蒸溜所)が、モルト原酒の交換を行った。特徴的なのは、熟成済みの樽ではなくニューポット段階で交換したことだ。蒸溜したての無色のスピリッツを互いに送り、それぞれの土地の熟成庫で寝かせる。
秩父は夏が高温多湿で冬は氷点下まで下がる丘の上。マルスは標高798メートル、中央アルプスの麓で、冬はマイナス15度にも達する。同じ原酒が、まったく違う二つの気候で別々に育つことになる。本坊酒造のリリースは、交換の狙いをこう書いている。「ウイスキー造りの基本は同じでも、蒸溜所ごとに魅力的な個性がある。個性を組み合わせ経験したことのない新しいウイスキーができると期待した」。
そして交換から6年後の2021年4月下旬、その原酒がそれぞれ製品になって出てきた。イチローズモルトからは「ダブルディスティラリーズ 秩父×駒ヶ岳 2021」(53%・10,200本)、マルスからは「マルスウイスキー モルト デュオ 駒ヶ岳×秩父 2021」(54%・10,918本)。同じ二種類の原酒を、それぞれの造り手が自分の流儀で組み立てた二本が、同じ時期に棚に並んだ。
この時期の原酒交換をめぐっては、複数の造り手が「初めて」を名乗っている。矛盾しているのではなく、名乗っている射程がそれぞれ違う。
一つ目。2021年3月30日、富山の三郎丸蒸溜所(若鶴酒造)と滋賀の長濱蒸溜所が「FAR EAST OF PEAT」を発売した。2017年蒸溜の三郎丸のヘビリーピーテッドモルトと、アイラのクオーターカスクで熟成させた長濱のライトリーピーテッドモルトを組み合わせた50%のブレンデッドモルトで、この日はFIRST BATCH(700本予定)とSECOND BATCH(5,000本予定)の二種が同時に発表された。後者はスコッチモルトも加えてブレンドされている。若鶴酒造のリリースいわく、「日本において、クラフトウイスキー蒸留所同士の原酒交換による製品化は初めての試みとなります」。
このシリーズは続篇を持つ。第2弾は兵庫の江井ヶ嶋酒造との協業で、2018年蒸溜の三郎丸ヘビリーピーテッドモルトとバーボンカスク熟成の江井ヶ嶋ライトリーピーテッドモルトを使い、2022年2月22日に「THIRD BATCH」(600本)と「FOURTH BATCH」(5,000本)が発売された。その後も版を重ね、2025年の7TH BATCHまで続いている。ただし後期のバッチはスコッチモルトを組み合わせる構成で、国内クラフト同士の原酒交換が毎回繰り返されているわけではない。
二つ目。本坊酒造は前述の2021年4月のリリースで、「互いの地で熟成した原酒に、自社モルト原酒をヴァッティングするブレンデッドモルトウイスキーの製品化は、ジャパニーズウイスキーの業界においては、初めての取り組みとなります」と書いた。交換原酒に自社原酒を重ねる、という商品の形についての「初」である。
三つ目。若鶴酒造は後日のリリースで、2021年3月の一件を「日本のクラフト蒸留所同士による初の原酒交換」とも表現している。ただしこれは簡略に言い換えたもので、最初の発表文にあった「製品化は初めての試み」のほうが、事実関係を正確に写している。交換そのものは、2015年の秩父×マルスが先行しているからだ。
整理すると、こうなる。交換が先に行われたのは2015年の秩父×マルス。だが交換原酒が先に瓶になったのは、2021年3月の三郎丸×長濱だった。後者は2017年蒸溜の原酒を4年ほどで世に出し、前者は6年寝かせてから、約1か月遅れの4月下旬に出した。「交換の初」と「製品化の初」が別の蒸溜所に分かれたのは、この熟成期間の差による。
面白いのは、交換が始まったその先で、スコットランドにあって日本になかった役割まで生まれつつあることだ。
三郎丸の稲垣貴彦とモルトヤマの下野孔明は、2019年に「T&T TOYAMA」という共同プロジェクトを始めた。2021年にはボトラーズ事業に踏み出し、日本のクラフト蒸溜所が造った原酒、とりわけ熟成前のニューポットを買い取って、2022年に富山県南砺市井波へ建てた自社の熟成庫で、自ら調達した樽に詰めて寝かせている。造る人と、熟成させて瓶に詰める人を分ける——スコッチでいう独立系ボトラーに近い機能が、日本の蒸溜所群を相手に立ち上がったことになる(→なぜ同じ蒸留所のウイスキーが、違う会社のラベルで売られているのか)。
グレーンの側にも動きがある。新潟県村上市の吉田電材蒸留所は、グレーンウイスキー専業として2022年に稼働した。公式サイトに掲げるのは「クラフト蒸留所への原酒供給」。理屈は明快だ。ブレンデッドウイスキーが「ジャパニーズウイスキー」を名乗るには、モルトと合わせる国産のグレーンが要る。モルトだけを造る小さな蒸溜所には、それが足りない。
もっとも、市場に出ている同社のリリースはまだ熟成2年のもので、表示基準を満たす3年熟成品の登場はこれからだ。供給者としての役割も、これから証明される段階にある。
モルトを交換する相手、熟成を預かる相手、グレーンを供給する相手。スコットランドが百数十年かけて作った分業の骨格が、日本でもこの十年ほどで一つずつ埋まりはじめている(→日本のクラフトウイスキーの選び方)。
日本のウイスキーが「一つの蒸溜所で多彩な原酒を造り分ける」造りになったのは、美学が先にあったからだけではない——少なくとも、そう説明されてきた。同業と原酒を融通し合わないという前提のもとでは、幅を自前で用意するほかない。その事情が、山崎の樽の使い分けや、知多の塔の使い分けの背景にある(→サントリーとニッカは何が違うのか)。
そしていま起きているのは、その前提が小さな蒸溜所から順に外れていく過程である。蒸溜したての原酒が県境を越え、熟成だけを担う会社ができ、他社への原酒供給を掲げるグレーン蒸溜所が現れた。大手の前提はまだ動いていない。それでも、交換しなかったことが日本らしさを作り、交換しはじめたことが次の日本らしさを作ろうとしている。ラベルに二つの蒸溜所の名前が並ぶ一本は、味の説明である以前に、この国のウイスキーの構造が変わりつつあることの記録でもある。