だから2010年代のアメリカでは、この数字が符牒として機能した。ラベルに95%ライと書いてあれば、その中身は自社の蒸溜所から出たものではないだろう——愛好家はそう読んだ。
その原酒の出どころが、インディアナ州ローレンスバーグにある。
歴史は古い。公式の年表によれば、この敷地の北端で最初に蒸溜が始まったのは1809年、アイザック・ダンとスティーヴン・ラドローによる。1847年にはジョージ・ロスがロスヴィル蒸溜所を建てた。ただし禁酒法(1920〜33年)で操業は途切れており、公式年表も1933年を「ウイスキーの本業に戻った年」と書いている。その1933年に買い手として現れたのがシーグラムで、以後この設備は、アメリカ有数の規模を持つシーグラムの工場として動く。
2001年、シーグラムの酒類事業が分割されると、工場はペルノ・リカールの手に渡った。ここで一度、糸が切れかける。2006年4月、ペルノ・リカールは過剰能力を理由にこの工場の閉鎖を発表している。 結局は閉じずに、2007年、トリニダード・トバゴのCLフィナンシャル(アンゴスチュラの親会社)へ売却され、LDI(ローレンスバーグ・ディスティラーズ・インディアナ)として動き続けることになった。
そして2011年12月28日、MGPイングリディエンツがこの設備の取得を完了する。公表された条件は現金1,100万ドルに、流動資産から流動負債を差し引いた額を加えるというものだった。
MGPが当時出したリリースの一文が、この工場の性格をよく表している。同社は、顧客企業から「プレミアムなウォッカやジンに加えて、高品質のバーボンやコーン、ライのウイスキーも供給してほしい」という要望が数多く寄せられていた、と書いている。
つまりここは、自分の名前で酒を売るためではなく、他社の名前で売られる酒を造るための工場として買われた。連続式蒸留の設備を持ち、注文に応じてマッシュビルを造り分け、樽詰めして貯蔵する。ブランドの物語は、注文した側が書く。
長いあいだ、この場所を指す言葉は、社名か通称だけだった。「MGP」「LDI」「旧シーグラム」。この蒸溜所に固有の名前が戻ってきたのは2022年で、19世紀のこの土地で蒸溜していた二人にちなみ、ロス&スクイブ蒸溜所と改称している。
ここで確認しておきたい。契約蒸溜は、ウイスキーの世界ではまったく普通の商売だ。
スコッチでは、蒸溜所が樽を売り、別の会社が自分のラベルで詰める独立系ボトラーが19世紀から続いている。中身の出自を伏せるためのティースプーンモルトという慣行まである。日本でもスコットランドでも、ボトルの名前と造った蒸溜所の名前は、しばしば一致しない。
ブレットの例が分かりやすい。バーボン専門の書き手チャック・カウダリーによれば、ディアジオは2008年に「ブレット・バーボンは全量、ケンタッキー州ローレンスバーグのフォアローゼズ蒸溜所で蒸溜されている」と認めており、2011年にブレット・ライを出したときには「インディアナのMGPで蒸溜」と自ら発表している。
つまりブレットは、バーボンをケンタッキー州ローレンスバーグで、ライをインディアナ州ローレンスバーグで造ってもらっていた。同じ地名の別々の町で、別々の他社に、である。
その後ディアジオは、2017年3月にケンタッキー州シェルビービルへ1億1,500万ドルを投じ、自社蒸溜所「ブレット・ディスティリング社」を開いた。バーボンは自分の台所へ移ったわけだ。一方でライのほうは、いまもインディアナから来ている。
自社蒸溜所を持ったあとも買い続けているという事実が、この商売の実像をよく示している。委託は、自前の設備ができるまでの仮の姿とは限らない。
線が引かれたのは、2014年から2015年にかけてのテンプルトン・ライだった。
このブランドは2006年に登場した。アイオワ州テンプルトンという町には、禁酒法時代に農家がライウイスキーを密造し、シカゴやオマハの酒場へ流していた歴史が実際にある。アル・カポネの愛した酒という伝説つきだ。ブランドはその物語を正面に掲げ、「禁酒法時代のレシピ」「スモールバッチ(小仕込み)」と謳って売られた。
中身は、インディアナのMGPで造られたものだった。アイオワでしていたのは瓶詰めである。
2014年、消費者が集団訴訟を起こす。主張の中核は、インディアナ州で蒸溜されている事実を十分に開示しないまま、アイオワ産の小仕込みの手造り酒だと思わせ、その分の値段を取っていた、というものだった。インディアナで造ること自体が違法だったのではない。黙っていたことが問われた。
2015年7月に合意された和解で、テンプルトン側は賠償と弁護士費用を合わせ最大250万ドルを負担し、購入者一人あたり最大36ドルの返金に応じている。
そして表示を変えた。「Small Batch」と「Prohibition-Era Recipe」の文言を外し、裏ラベルにインディアナで蒸溜された旨を明記した。
この一件がアメリカのウイスキー業界に残した教訓は、はっきりしている。買ってきた酒を売ってもいい。ただし、やっていない工程を「自分がやった」と語ってはいけない。
冒頭の「Distilled in Indiana」に戻る。あれは良心の産物ではなく、連邦規則が要求する表示だ。
酒類の表示を定める27 CFR 5.66は、バーボン、ライ、ウィート、モルト、ライモルト、コーンといった穀物名を冠したウイスキーと、その「ストレート」各種(さらに2025年に定義が加わったアメリカン・シングルモルトも)について、アメリカ国内で蒸溜された場合は蒸溜地の州を表示することを求めている。
方法はいくつか認められている。「Distilled by(蒸溜者)」として一か所の住所を書く、「Kentucky bourbon whisky」のように種別名の隣に州名を添える(ただし蒸溜も熟成もその州で行った場合に限る)、あるいはそのまま「Distilled in〔州名〕」と一行入れる。
だから読み手にできることは単純だ。表のロゴと物語ではなく、裏ラベルの小さな活字を読む。 そこに書かれた州が、表の町と食い違っていたら、蒸溜したのはその州だ。ラベルの言葉が何を保証しているかは、バーボンのラベル用語の読み方でも整理している。
アメリカが表示にうるさいのには理由がある。100年以上前、何をウイスキーと呼んでよいかを大統領が裁定したほど、この国は「中身と名前のズレ」で揉め続けてきた。スコッチとバーボンの法規を並べると、アメリカ側は原料と樽(新樽でなければならない)を厳しく縛る一方、バーボンそのものには最低熟成期間の定めがない(「ストレート」を名乗るなら2年以上、4年未満なら年数表示が要る、という形で別に縛る)。そのぶん、産地の表示では嘘をつかせない造りになっている。
ここで、冒頭に置いたまま宙づりにしていた残りの二本に戻る。州名の表示義務には射程がある。
一つめは、原酒が国境の外から来ている場合だ。 表示義務がかかるのはアメリカ国内で蒸溜されたウイスキーであって、輸入原酒なら「Distilled in〜」の州名は出てこない。
バーモントのホイッスルピッグがその例になる。創業者はラジ・バクタ。メーカーズマークの元マスターディスティラーであるデイヴ・ピッカレルが、2008年にカナダ・アルバータの熟成庫で10年もののライを見つけてきたところから、この銘柄は始まった。自社農場での蒸溜が動き出すのは、そのずっと後のことだ。
初期のラベルは「バーモント州ショアハムで手詰め」を前面に出していた。2014年11月、バーモントの小さな農場で、その農場の穀物から造られたクラフトウイスキーだと誤認させている(実際はカナダの大規模な工場の産で、農場の穀物は入っていない)として集団訴訟が起きる。訴訟は2016年1月に原告側が自主的に取り下げたが、理由は公表されていない。
中身の質が疑われたわけではない。どこで生まれたかを語る順番が問われた点で、提訴された年も含めてテンプルトンと同じ構図だった。2014年から2015年にかけて、業界全体に線が引かれていったことになる。
なお輸入原酒の原産国表示は、ここまで見てきた酒類表示の規則ではなく、税関側の原産国規則が受け持つ領域になる。アメリカ国内でどこまで手を加えたかによって判定が動きうるため、「必ずこう書いてある」と言い切れる種類の表示ではない。
二つめは、州をまたいでストレート同士を組んだ場合だ。 州名の表示義務がかかるのは、バーボンやライ、その「ストレート」といった特定の区分に限られる。複数の州のストレートを混ぜたものは「ストレート・ライウイスキーのブレンド」という別の区分になり、単一の蒸溜州を名乗れない。
ユタ州のハイウエストのダブルライが、まさにこれだ。
ハイウエストは、買ってきた原酒と自社の原酒をどう組むかを看板にしてきた。ダブルライは、インディアナ産の95%ライ・5%モルト大麦(連続式蒸留)と、自社がポットスチルで造る80%ライ・20%モルテッドライを掛け合わせた一本だ。2018年5月に構成を変えており、それ以前は16年熟成のケンタッキー産ライを組んでいた。「16年もののライは、もう市場で買えない」というのが理由だった。マスターディスティラーのブレンダン・コイルは、自社原酒の比率について「今後増えていくが、常に半分未満にとどまる」と語っている。
表示区分は「ストレート・ライウイスキーのブレンド」。つまりこの一本は、法律上は蒸溜州を名乗る義務を負わない。それでも、二種類のマッシュビルと二種類の蒸溜方式を、どちらの産かまで含めて公表している。
単一の樽の個性ではなく、ブレンダーの判断そのものを売る——原酒を買ってくること自体は、味の手抜きではない。どの樽を選び、どう組み、どこで仕上げるかは、それ自体が技術であり判断だ。テンプルトンにせよホイッスルピッグにせよ、批判されたのは技術のなさではなく、物語の作り方だった。
この話には続きがある。
テンプルトンは2018年、アイオワ州に3,500万ドルを投じた自社蒸溜所を開いた。年間50万プルーフガロンのライを造れる設備だ。そして2025年10月31日、蒸溜から熟成、瓶詰めまですべてアイオワで行った初のシングルバレル・ライを発表している。
そのマッシュビルは、95%ライ・5%モルト大麦である。
インディアナの工場で身につけた配合を、そのまま持ち帰ってきたわけだ。ただし主力の定番品は依然としてインディアナ産で、引っ越しが済んだわけではない。それでも、かつてシーグラムがブレンドの部品として設計し、他人の名前で数十のブランドへ流れ込み、一度は訴訟の火種になったレシピが、いまアイオワの町の名を正面から名乗りはじめている。
酒の来歴というのは、こういうふうに動く。土地が先にあって味が生まれることもあれば、味が先に生まれて、あとから土地がついてくることもある。
まとめておきたい。
- アメリカのライウイスキーには、**ライ麦95%・モルト大麦5%**という共通のマッシュビルを持つ一群がある。出どころはインディアナ州ローレンスバーグの契約蒸溜所(現・ロス&スクイブ)で、由来はシーグラム時代のブレンド用香味原酒とされる。
- 他社に造らせること自体は、スコッチにも日本にもある普通の商売。問題になるのは、やっていない工程を自分の手柄として語ったとき(テンプルトンの2015年の和解)。
- 手がかりは裏ラベルの「Distilled in〔州名〕」。連邦規則27 CFR 5.66が課した表示で、表の町と食い違っていたら、蒸溜地はそちらだ。ただしこの一行が出るのは、アメリカ国内で蒸溜された特定の区分に限られる。 輸入原酒にも、州をまたぐストレートのブレンドにも出てこない。
同じ問いは、日本の棚にもある。原酒の出所と表示の関係は、ジャパニーズウイスキーに定義が必要になった経緯や、本物のジャパニーズウイスキーの見分け方でたどったとおりだ。輸入原酒を混ぜること自体が悪なのではなく、それを黙って「日本のウイスキー」と呼ぶかどうかが問われている。
裏ラベルの小さな活字は、たいてい表のロゴより正直だ。次の一本を選ぶとき、瓶を一度ひっくり返してみてほしい。